2018年02月04日

奔馬 〜豊饒の海〜 三島由紀夫 著 第61回ORPHEUS読書会 on youtube





 明治維新150年を迎える今年初の読書会、三島由紀夫の『豊饒の海 奔馬』を題材にしました。

 今回はこの議題と時節に相応しく、明治維新の中心地であり、明治からの宰相の書が並ぶ山口市 菜香亭で行いました。今回は特別に、大広間に並ぶ歴代宰相の書作品を鑑賞、解説をした映像をつけています。それらは三島の『豊饒の海』という極めて特異な作品への理解を深める上で、重要な情報を沢山含んでいます。


 明治という時代、大正、昭和という時代への変遷、あの小説の4作中で描かれている舞台背景と人物達の心の世界に具体的に触れるのに、最高の場所です。



 歴史の真実に触れる‥とは、私達が立っている現実の地面の下に広がる暗い地下世界に触れる事であり、さらに、それは自然に形成されている個人の深い心の内面、深層意識(それは個人の種々の五感、感受性、好み、などを根底から支配している)に触れる事でもあります。



 だからこそ、こうした歴史という時間軸に関する知見や知覚は、個人の歩む人生の足取りを、つまりは「運」などと曖昧な言葉で人が言っている事を、それはまるで機械仕掛けの様に、正確かつメカニカルに決定しており、それこそが、私達の時間軸と、平面軸であるこの現実世界の未来に対する足取りの踏み方、目には見えない糸のたぐり方を私達に教えてくれます。


 だから歴史は面白い。それはまるで時間軸上の世界地図。



 その地図を手に入れたら、方位磁石一つあれば、私達はとても楽しく愉快で、そして自由な旅ができるのだから…。



 という訳で、今年、戊戌の幕開けに相応しい、動画をどうぞお楽しみください。



 *******


 ☆ ORPHEUS読書会 追記


 この作品全4巻、特にこの2巻、1巻は、虚構に対する作家としての強烈な職人根性を持つあの三島が、人生で初めて、そして最後に書いた本物のリアルな私小説であり、この作品にはこの映像で私が語っている様な構造上の秘密のみならず、もっと現実的な秘密がここには隠されています。


 もう平成も終わる時代、だからこそ過ぎ去った時代の総括として、こうした非常に際どい事を記すのも、もう佳いか…と、思います。


 月修寺門跡として、登場する人物の、おそらく現実のモデル…、それは厳密に秘匿され続けた昭和天皇の妹、糸子内親王です。歴史の本当の真実は全く計り知れないが、少なくとも種々の逸話から、あの入念な取材から作品を丹念に制作する三島が「それを真実だ」と見做していたであろう事柄であり、それが小説世界へ見事に映し出されています。

 そして、その門跡の元で出家する聡子には、もう終わってゆく平成の世の妃殿下その人の影が濃厚に含まれています(実際には数人の影が複合的に合わさっていますが)。


 この視点からは、門跡の元で出家する聡子のシーンは、全く別の意味を持つシーンとなって鑑賞され得ます。


 私は第1巻『春の雪』の、月修寺での聡子の出家のこのシーンに、この作品の『最も美しいなにか』、を心に観て止まないのですが、それは虚構の作品中で美しいのみならず、あのシーンにこそ、三島の現実のリアルなこの日本、天皇、宮中…、への強烈な愛と憎悪が、自らの実体験を持って、作品中に託されているからです。これは現実の体験から編み出された驚くべき私小説であり、『体験』を種として、あの優れた小説作法で描ける技量と実力があってのみ初めて可能な『奇蹟』であり、世界の中で、こんな奇蹟が可能にできるのは彼を置いてほかには居ない…。

 体験、というものは、人間の中の誰の中にも、まるで神の配剤の様に存在する。しかしその体験を表現しアウトプットすることは、体験それ自体とは全く別次元の問題である。

 体験そのものの絶妙さも、奇蹟を孕むが、それを表現する為の、入念に永い時間をかけて積み重ねられた卓越した技量そのものも、体験それ以上に奇蹟を孕むのである。

 本作品は、この2つの通常あり得ない出会いがスパークした奇蹟である。


 こうした理由で、三島自決の際の『天皇陛下万歳』の言葉には、この様な驚くべき個人的な体験の含みから、公として社会的な総括、それは日本の歴史全体を含む全てが、多面的に入っている。

 思えば、彼は本名の『公威』そのままの人生を生きて完結させたのも数奇な事実です。これを眺めても、人間とは、彼につけられた言葉と文字、つまり彼の名前のままに人生を描く、という畏ろしい真実を私はここに感じて止みません。


 この事を今回の第61回読書会の追記としておきます。


posted by サロドラ at 09:09| 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

ただしさと、うつくしさ



 正しい、の正という漢字。

 それは小学1年生で習う字

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 正は、止に一をのっけた字ですが、六書では象形ではなく会意。

 止は右足の足跡の形で、漢字に出て来るこの足形は軍隊の進行を意味する場合が多い。

 一は本来は四角い形で描かれ、村や集落の形。


 『正』とは、村や集落に攻め入り、征服すること。だから『征』には、十字路を意味するぎょうにんべんに、『正』が添えられている。また政治の『政』には、この『正』に、ぼくづくりを加え、ぼくづくりとは、打ち叩き、服従させる意味のある象形である。


 漢語に於ける、『正義』には、どこかこの様な攻撃性、支配と従属の関係性が見られるが、世界の歴史を鑑みても、『正義』という言葉や概念には必ず、この側面が見られる。歴史上の専制政治と、西欧での十字軍、近代世界史、に於いても、正義と戦争史は、自ずと一体のものである。



 つまり、1年生の子供に『ただしいことをしましょう』と倫理的な問題を教える時に、相手を思いやり、いたわる、無償の愛としての『ただしいおこない』と、正の字の成り立ちは、本質として完全に相反するものである。


 今、21世紀のこの世界を眺めても、この正義の倒錯性の上に、国家は統治され、人間の普遍的、自然な愛の感情と、国家上の正義の観念は、相反する。

 北朝鮮も、相対する米国、また我が国も、基本的にはこの倒錯的な正義に、お互いの立場から寄り縋っているのであり、『政治』と、人間の自然な営みは、本質として寄り添そうことなど、永遠に無いのだ。


 地球上の全ての為政者は、このことを知らねばならぬ。


 また、古代から芸術とはこの愛の側の側面、人間の自然な営みに寄り添うものであり、『ただしいおこない』に寄り添うものだ。それは倫理では、決して無い。そしてそこには『うつくしさ』も必ず寄り添う。それは決して上記の『正』と同じく『美』ではないのだ。




 漢字ドリルで機械体操の様に勉強してしまうと、この相反している、倒錯、言葉の最も深い内面、を逸してしまう。


 そうして、その人は、その世界は、倒錯の病いを生きるのだ。


 私は、それを切除し、治癒するのが仕事だと思う。


 どうぞ、書をお学びください。


 それは字形の制御や、美的造形やデザインでもない、もっと重要な側面を中心に含むからこそ、面白いのです。それは私達の生きる方法の本質をデザインし構築するものです。





*****

 この想いが心によぎると、ふと、心に響く…。




 美しさと正しさが 等しくあると

 疑わないで いられるのは 若さゆえなんだ 

〜略〜

 大人に成って 恥じらい覚えて 寄りかかり合えば

 僕らはきっと お互いの重さを 疎ましく思うだろう‥


           
  林檎の詩。酉年を迎えるに聴いたこの詩…


 ここで描かれる現代の病、現代のリアルな言葉、文学。


 正しさと、美しさが一致し、疑わないでいられるのは、若さ、未熟さと、未熟ゆえの『純粋』で、大人に成ってそれを忘れ、熟達したが故に汚れ、その重さを、僕らはきっと疎ましく思う…と、ある。

 
 確かに現代の混迷の舞台、この場では、決して、美しさと、正しさは、一致しない。そしてそれは重い。

 
 その重さは疎ましい。大切なのは、軽さ、だ。極めた達人だけが持つ、洗練を極めた、かろみ、だ。


 本当は、それが真に熟達した大人に成ることさ。




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キャンドル・デライト中の薄暗いスタバ。すごくいい。いつもこうしてよ。


posted by サロドラ at 09:09| 書道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

~Music as Communication~ on youtube





~Music as Communication~ salon d'Orange music society2017 X'mas special seminar&live@未来創造空間mira365



posted by サロドラ at 03:03| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

2018 "戊戌"  その真意、そして神意




明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします


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 今年は戌です。十二支は動物のことではない、という事は当ブログの愛読者の方にはもうお馴染かと思います。


 さて、今年の戌年。漢字学上の通説としては、戌は鉞の形の象形である"ホコ"に、横棒を一本入れた文字であり、この横棒は稲などの植物を表し、鉞で植物を刈り取る象形文字である、との事です。

 …が、、、、実は、この戌の文字と十二支の関係性は、この通説で全部を説明できている様には思えません。

 私が常に準拠している白川学説によっても、この戌の真の詳しい大意はあまり詳しい説明がされていないのです。ネット上を眺めても、種々の珍説すらも多く現れていますが、解らない事は、あまり妙な類推だけで断定すべきでは無い、との立場をとりたいものです。


 しかし確かな事は、戌の外径部位は、確かに鉞の形であり、この鉞は多くの漢字の旁に表れています。

 その代表的な漢字では、"成"という字。これはこの鉞に二本の紐をかけて儀礼をしている象形で、この鉞は、氏姓を名乗るに値する殊勲などを得た者が、王権からこの鉞を賜り、それに紐をかけて儀礼をして、まさに『成り上がる』祝いをしている文字です。この鉞部分だけを象形化した字が、"氏"です。

氏ー成ー戌 どれもこの鉞の表意文字である、という点は揺るぎない学説と思われます。


 
 古代中国の思想として、戌と亥は、十二支の最後を飾る象意であり、酉で全ての収穫の喜びを得た後の終焉、終わりの哲学を帯びています。

 それは完成であり、終焉であり、また新たな生命が宿るサイクルの胎動でもありましょう。


 ここに非常に深い哲学を観ることができます。


 終わり、生命の死、それを『生命の完成』と見做す思想、それがこの戌と亥には間違いなく表れているのです。


 インド哲学に喩えるなら、破壊の神、シヴァ神の思想にそれは非常に類似しています。しかもかの国では、創造、維持、の神よりも破壊の神、シヴァ神は最も民族の色濃い思想、哲学として、民衆から最も高い崇敬を得ているのです。

 我々、日本人の感受性にはない、非常に深い、そしてどこか畏ろしい、インド〜中国の大陸の思想の色濃さがここに表出しているのです。




 さて、今年は。


 昨年の収穫の喜びが終わり、生命から眺めると終焉、しかし、それは未来の胎動を生み出す、実は母体。それを生み出し、刈り取る年です。

 
 十二支の中で実は今年は最も重要な年です。そして格調の高い年です。


 大きな修練を人生で既に成し遂げている中年以降の方は、今年、ある位階を得る準備などをするのに相応しい年です。


 今年は全てに於いて、格調の高さを求めるべきです。


 その格調とは、この世界の全体像を知る造詣からだけ、得る事ができます。見せかけの華やかさ、きらびやかな高級、とそれは違うのです。

 
 今年に必要なのは『本物の高級』です。



 リアルな本物だけが顕れて生き残り、表面的で見てくれだけの力無いものは破壊されます。


 そういう、偉大で、畏ろしい年です。




 ***

 我が日本では、これも偶然なのか天意なのか、それとも深い意図的な計らいなのか、やはり来年に天皇が退位なさり、平成の元号が終わり、新たな時代が始まりますね。不思議なものです。

 
 平成はバブルに始まり、それがぶち壊れてミレニアムが始まり、思えば地味で暗い昭和に比べると、とても華やかで良い時代だった様に思います。
 
 
 "平成"という時代に思いを馳せる、今年は最後の年ですよ。




posted by サロドラ at 09:09| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

Music as communication 〜salon d'Orange music society 2017 Seminar&Live〜

 
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Music as communication 〜salon d'Orange music society 2017 Seminar&Live〜



 さて、今年は恒例化している年末ライブはどうみても微妙過ぎて、どうなるんだろうか? おれ自身よくわからん…と、流れに漂うように身を任せていたら、こうなった、という態のイベント。


 私自身としては、むしろ1年溜め込んだフォースがどうも沸々と湧いて出始めている頃でもあり、楽しんでやりました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。


 今回のポスター 星の戦争ep2というコンセプトなり。

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 機材を黙々とセッティング。

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 誰かのお口の中へと旅立つのを待っている今年の私の"音楽"であるチョコ達

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 セミナー開始


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 修行するパダワン達


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 終了撤収してから、近年いつも参加できなかったミサへ。ここへ向かう足取りに感慨、沸きあがる思いが深い。見上げると雨はあがり、星空が。さっきはアフリカの原始の音について講じていたのだけど、ギリシャ発のグレゴリオ聖歌やパイプオルガンの響きを生で聴いた。とてもいい。

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 真実の愛のチョコと共に私の聖体拝領。これが自分のスタイル。祝福は己の内側からやってくればそれでいい。外部からやってくる来るものに、信も、真も、無い。

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 実に正しき聖夜なり。


 Sさん、Oさんプレゼントありがとう。ブラジルではクリスマスはこのガラナとイタリア産のパネトーネのセットが習慣だそうな。

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posted by サロドラ at 07:07| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日


 さて、今年はお茶を飲んでは何もしない、という至上命題の年、その替わりに至高のチョコ創りに魂を賭けた年でしたが、、今年もあと数日に迫り、この2つの命題の合体型が、なにかクリスマスも近いせいなのか、そこら中を飛び交う天使にゆ〜らゆらと導かれるままに漂着してみると……


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 日本が誇る霊峰富士。

 その富士山麓にて採取された生ハーブのお茶が私の目の前に……


 ふぉ。。




 




























 世界最高。

 いや、人類史上最高。



 チョコプログラムのスピンオフ、との位置づけで、クリスマスの特別ヴァージョンのチョコがもう完成に導かれてるのだけど、このチョコにはやはりハーブ、それも生の薬草こそがベストである。

 チョコは薬なり。ハーブも薬なり。

 その最高の合体型でできたチョコに、更に最高のお茶も取り合わせ……。




 うひょひょひょ。





 私のフォースは上がりまくってきた。


 フォース上昇気流に乗ったまま、STAR WARS ep8を鑑賞。
 

 正直、ep7が往年のコアファンとしては微妙過ぎて、心配で夜も眠れないほどだったのだが、全ては私の杞憂であった。ディズニーよ、あなたを舐めててごめんなさい。よくぞ創って頂きました。


 もう、これはもう制作者一同が、おそらく往年の大ファンの業界人でスタッフを固めたとしか思えぬ、秀逸なオマージュ、特に初代ep4〜6への愛に満ちており、配役、シーン、の細かい随所に泣かせどころが、満載でありました。

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 特に私の微妙なツボを刺激してきたのは、女優ローラ・ダーンの登場。これはマニアにしか解らぬネタだろうけど、ep4が異例の大ヒットから続く初期サーガの完結ep6は、実は私も大ファンのD.Lynch監督が振る筈だったのですが、結局彼はそれをせずにやはり”ある種のフォース”が主題となる『砂の惑星』を撮影し、しかも大コケして、その後、ローラ・ダーンも主演する名作ブルーベルベッドを世に放ちます。

 キャリー・フィッシャーと共に、ある意味それ以上にその時代の感慨を想起させるローラ・ダーンの登場は、往年のファン、おそらく製作陣も、なにか暗喩的に心に響きまくるものがある。

 この人はep7の厄払いで出てきたのだろうか?と思わせるほどでした。

 しかも見事なベテランの味、演技。名脇役ぶり。撮影後に逝去したキャリーに寄り添うシーンは、最後のジェダイというタイトルに相応しい、何か泣かせるものが強くある。


 意外(?)な登場の仕方をするヨーダも、ここぞ、というシーン、セリフで決めてくれた。ヨーダはこうあらねばならぬ。ep1〜3ではなく、ep4〜6のヨーダはこの風情だった。


 
 こうしたシーンに、世界中のファンも皆、自分の人生の色々な出来事を重ねた、と思う。
 


 私は既に人類史上最高に到達してしまっている自作のチョコを頬張りながら、感涙してこれを観た。
 
  
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 さて、そのチョコであるが、シーズン3に成って以降、このチョコはチョコを超えてしまい、『食べて美味しいチョコ』ではなく、私の初期の望み通り『響きを聴いて魂を震わせるチョコ』に変貌してしまっている。


 このチョコを食べる、という行為がもう一つの瞑想、とも言える体験に成るほどで、『チョコ・ヨガ』とでも言いたくなるレベル。

 これは食べるチョコではなくて、響きを聴くチョコなり。


 いよいよ神の食べ物へと変貌してしまった、という場所に。



 で、さらに今回はクリスマスに因んだ、真実の愛のチョコ特別ヴァージョンを。

 salon d'Orangeなので、オレンジの香りがするチョコが出来上がっています。オレンジはヨーロッパの伝統では厄払いの効果を持っていますしね。


 これをイベントに参加された皆様全員にクリスマス・プレゼント。これはクリスマスにこそ真に相応しい。舌先に乗せたが最後、真実の愛‥つまりは内なる神が自分の魂に発動し、震える様な感動と共に沸き出す、という体験をする為の魔法のチョコだから…

 
 こちらも実はおそらく『8』が隠されたテーマとなっている、やはり"STAR WARS"なのである。


 


 私の特別な修練、修行を完成させつつあるのだ。これは、明確に音楽、芸術の修練であった。誰にも解らないだろうけれど……


 
 クリスマスの聖夜に、私はチョコで最高の音楽を”演奏”をしてみせましょう。


 だって、その響きを奏でた人は、まだ世界で誰もいない、でしょう…?



 
 


posted by サロドラ at 00:00| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

光と影と宇宙


 この十数年ずっと思っていること。このおよそ1年の間、墨と筆の技術に関して、教えることでもメインテーマとしている、自然光による陰影の美。

 日本的な建築様式の空間の中の、有機的な光でだけ現れる、その真の姿、について。

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 こちら学校の教室。ブラインドをおろし、電気を消して、薄暗がりにして、書作品を鑑賞してもらいました。光と影、遠近や立体性、そして、陰と陽という哲学が、どう平面の美術に完成してゆくか。その完成が、鑑賞者に何を観せるのか。


こう貼るが…..このほの暗い雰囲気は写真では出ぬ、ね。。。

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 更にもっとわかりやすく、真の日本の美が姿を現すその瞬間、その光の環境で、10代の日本女性のみんなの顔や姿を、お互いに眺め合って鑑賞してもらいました。それが、どれほど美しいか、を...。


 本当の人間の美しさ、まるで心の深い内面まで映し出すような、微妙な表情の揺らぎや、輪郭、その陰翳からくる美しさ。



 これは日本人女性でないと、こうはならない。西洋人や他のアジア人でもならない。しかもそれは思うに10代後半の日本女性だけが、この特権中の特権を持ち得る。


 日本文化、日本美術が、この1000年、最高の技術の粋を磨き上げてきた、その環境下、その年月の日々、女性の平均寿命は20代後半くらいでした。そういう切実な理由からこの事実はやって来ている、と思います。



 ごく普通に女子高生が明るく眩しく輝いてる、という現代の在り方としても、美しい、と言えるけれど、この状況下で顕れる美は、単なる平板なそれとは全く、その意味、その姿、が違っている。

 この方法だと、どんな体型の、どんな顔つきの、どんな日本人女性でも、現代人の誰もが忘れて知らない、本当の美しさが、ふっ、と遠くから姿を顕わします。

 その事実を鑑賞してもらいました。



 現代の様式は西洋の環境下の模倣の洗練、と言えるけれど、それはたった100年。

 こちらは1000年以上かけて磨き上げた文明が産む美学。その含蓄、深み、重みが違う。それはまるで内面の美と、外面の美が、不思議にお互いが手を結ぶ瞬間の様だ…。



 そして、この美しさは、写真にも動画にも、決して写せない、という残酷も、実際に撮影して体験して頂きました(笑)。

 みんながインスタや、ツイッターで普段楽しんでいる、単に高彩度で綺麗な画面を、この美は遥かに超えており、この美しさはただスマホのボタンを押すだけでは、写真にも動画にも絶対に出来ない、ということを。


 何しろ、『この不可能の場所』から、とっ〜ても楽しくて素晴らしい、真の芸術の作業が始まるのだから。


 この出発点にまず立って欲しい。この場所に立つのに時間をかけてはいけない。それこそが真の教養だと思う。


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 こちらはお教室の小学生達。

 もう黄昏ときで、薄暗く、お互いの顔は、はっきりとは見えない。『誰そ彼』とき、そのもの。

  キャンドルで作品をかざし、敢えて、『音』と『言』という漢字の表意文字の深い意味合いと、なぜ、この場ではわざわざ墨を水から擦って書くのか、その技法の意味、作品の鑑賞方法を皆の書いた作品で詳しく解説。

 小学生には少し難しい話だったと思うけど、いつか大人に成ったときに、思い出してくれたら、それでいい。きっと、僕の言葉も、風景も、忘れずに憶えているから…。

 そういう魔法をサロドラ・ポッターはみんなにかけておいたぞ(笑)。


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 で、たまたまこの日yちゃんのバースデーで、ひと足早いクリスマス・フォース大会を。モロゾフ・プリン・チョコ争奪Star wars決戦! 漲るフォースでm花ちゃんの優勝。 




 古の日本人が発見した、この美しさの本当の正体は、宇宙の闇から、ここまで到達した生命の歴史、魂の経緯、の美しさだ。これは、きちんと伝えておかなければならない。そして、これから先、ずっと忘れないで伝え続けて欲しい。何千年も、何万年も。人間がずっと生きている限り…。




 ちょうど美術館でも国宝級仏像や、雪舟の水墨が観れて鑑賞。でもこれね、その環境でこの本当の凄さを直接観るのは無理です。頭の中で推し量りながら鑑賞せねばならない、という…。水墨画に白熱光ビカッ〜っと当てるなよ、おい…。ぐるぐる歩き回って、私はとっても複雑な気分でお茶しましたよ。これじゃ雪舟が筆先で成し遂げた一番大事な技術は消えてしまうのだもの…。。


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 さて、こちらは音楽と言語、その一体性についての特別なクリスマス・イベントです。
 http://bit.ly/2iEJw3S
 音楽に特化せずに、どうぞ幅広く色々な方に体験して頂きたいですね。

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 未来を創造するのは同じ長さの、過去をはかれば良い。

 その叡智は、時の永さ分の強いバネとなって、未来への道順と私達の行く先に光を照らしてくれるのです。



posted by サロドラ at 02:27| 書道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

豊かなる海 "Mare Foecunditatis"




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"Mare Foecunditatis"は、豊かなる海という意味で月のクレーターの名前








 日付が憂国忌に成った瞬間、ふと思いついて、言いたいままに、言いたいことを勝手に語ってみたけれど、これ、なんか楽しいですね(笑)。音は完璧に自由に成るし(FMラジオ局くらいのクオリティー、やろうと思えばそれ以上、で普通〜に簡単にできる、という…)。実際の読書会は後日しますが、この作品への思い入れは、かなり大きいので、語っても語っても語れきれないほど。こういう形は初めてだけど、気が向けば勝手にやってみよっ、と。



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 なんか作業しながら改めてしみじみと思ったのだけど、20世紀のメディアは、もう本当〜に、終わったのだな。。ソーシャル・メディアって、ほん〜〜とにいい。

 AMラジオ、FMラジオ、既存のスタジオは基本的に機材はしょぼいし、放送コードもあるし、スポンサー居ないと成立しないし。TV局はまだ環境はマシだけど、それでも機材は割としょぼく、エンジニアも正直、音に関してはホントに無能なヘボばっかり。放送事故無しで取りあえず音が出ればいい、と思ってる。彼らってアーティスティックな音の質や中身は二の次のお仕事。(まぁ、仕掛けが大掛かりなので、単純にそれに手が回らないのだと思うけど)

 そら、youtuberの方が、これからは流行る筈だわ…。。。

 こっちは事故無いし、やりたい放題に質をあげれるし、なんの制限も無いし。。。

 もっと本当に自由な表現ができそうな気がする…。

posted by サロドラ at 09:09| 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

Chamber Metropolitan Trio Live in Yamaguchi on youtube





guest Yuriko Kimura : flute




encore: guest SALONDORANJU : guitar Yuriko Kimura : flute

posted by サロドラ at 07:07| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

Chamber Metropolitan Trio : from Paris  Japan tour 2017 山口公演






 今年はゆったりとお茶でも飲んで何もしない、という事にやる気を持ちまくる私です。そんな私に、おいおい、おまえなんかしろよ…とでも言う天の声の様にオーガナイザーをさせて頂くことになった今回のライブ。そこはやはり"天の声"だけあって、大変に素晴らしいライブでした。



 まずは、昨年に続きmusic society研究生への、セミナーから。

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 今回は私の要望で、あくまで用意を何もして頂かずに、普段の素のままのライブ・リハーサルをして頂き、インタープレイを中心として私のホストで、目の前での実際の生演奏とともに詳しく解説して頂くという形式でして頂きました。そもそもメンバーの皆さん全員、パリで非常に高度な音楽教育の洗礼を受けていらっしゃる訳で、教授くださるポイントも実に的確です。


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 ミュージシャンとしては、本番前ライブリハは普段はあまり人に見せない、というか、あまり人には見せたくは無いものですが、そこを敢えて見せて頂き、実際のライブを鑑賞する、という体験は、音楽演奏者にとって非常に貴重な体験です。


 特に、マチューさん率いるChamber Metropolitan Trioは、その内容の緻密さ、トリオの役割配分の柔軟さが実に素晴らしく、一般リスナーからすると、一体何が起こってるのか高度過ぎて、よく解らない、という瞬間が多いのではないかと思います。


 特にその"解りづらい部分"を、実際に使用しているスコア譜、パート譜から、どの様にメンバーが楽曲を解釈、構築し、インタープレイに膨らませているか?という、ジャズという音楽の最もスリリングで面白い部分を、3人それぞれ場所からの意見を伺い、実に面白かったです。


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 マチューさんの楽曲は、とにかく変拍子によるポリリズム(複合リズム)が多いのですが、それがよくあるプログレ系ロックバンドがよくする表面的な変拍子のリズム解釈と全く違い、特にその部分の考えをご教授頂くことでが出来て非常に興味深い内容でした。

 彼らのリズム解釈は、変拍子を更に1.5で割ることで、4/4や2/4の様に聴かせ、更にそれを大きな尺で捉える方法で、一見、聴感上は極自然に聴こえる(変拍子には聴こえない)、というまるで『だまし絵の様な』方法です。そういうアンサンブルを、どうやって普段は練習しているのか、などを詳しく解説頂きました。





 前回は主に音律の側面から、色彩を生み出す方法の解説だったのに対して、今回はリズム解釈の側面から、バンド・メンバーによる色彩の生み出し方が主体でした。前回のセミナーと今回のセミナーで合わして、やっとこの美しいバンドサウンドの全貌を見える、という具合です。


 また『音による会話』とも言えるインタープレイは、私達が普段自然に話す会話と同様に、ミュージシャンにとっては非常に無意識的なもので、解説することがちょっと難しいのですが、リハの時点で、既に音楽による深い対話が始まっている、という側面が垣間見れてとても面白かった。


 こうした生の体験は、教則本、個人の反復練習、個人レッスンの受講、ましてやyoutube動画などでも絶対に得れない、貴重な学びの場です。


 会話力、というのは言葉に於いても、音楽に於いても、『直接の自然な体験』からだけ育っていくものです。特に高度な内容を話し合うのは、個々のロジックの積み重ねや錬磨による持ち寄り、によって初めて成立するものです。

 
 このバンドの会話は、非常に高度で繊細な場所で常に会話が成立している。

 それが実によく解りました。



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  さて、研究生は最前列に全員かぶりついてもらって(笑)、実際のライブ本番です。平日にも関わらず、今回はとても多くの方にお集り頂き、メンバーの皆さん共々、感謝感激でした。



 まずは私から皆様にご挨拶をさせて頂き、ライブ開始。


 まずは1stアルバム収録の"金閣寺"から。


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 2曲目は、NASAにもその技術が取り入れられてる、という日本人の三浦公亮氏の折り紙を題材にしたとても美しい楽曲。宇宙で活躍する日本の技術を、音に変換して表現しています。


 2ndでは木村百合子さんもゲスト参加して木村さんの楽曲"Merci,merci,merci"をChamber Metropolitan Trio versionで。




 アンコールに、さろどらもサプライズ飛び入り参加。スローブルースを(やたらとエレガントなスローブルース!)。

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 今まで、色々なミュージシャンと共演した中でも、最もエレガントな味わいのブルースだった気がします。


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 あぁぁぁぁぁぁぁ楽しかった。ってか、久しぶりにギター弾いた‥。やっぱギター弾くのはいいわ…(笑)。



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 で、打ち上げに皆様のリクエストで、やっぱりラーメンを食べた(笑)。パリだとラーメンって高いそうな(日本の2倍以上の値段)、しかも不味いらしい。そりゃ水が違うから、パリのあの濃厚なフランス料理の世界が育った訳で、ラーメンは確かに無理だと思う…。

 全員、味に納得してました。

 我々の極普通は、案外贅沢極まり無いのかも。。因みにフランス料理は、日本の方がパリよりも約3倍くらい高いお値段だそうな。



 さて、まだまだChamber Metropolitan Trioのツアーは続いていますので、お近くの方はぜひライブに足をお運びください。

 "メインストリーム"などと云う馬鹿馬鹿しい概念で、形骸化した演奏する輩が昨今の世界中に実に多い中、彼らはクリエティブなイノベーションを維持し、今、息をして生きている、本物のジャズ、本物の音楽、をヨーロッパの感受性によって、とても真摯に演奏していますよ。



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posted by サロドラ at 07:07| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする