2015年11月29日

11/27 ★"しなやか"5/5 Brazilian Purple クリアー


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 うーーーん、気持ち良かった。己の首を刎ねるのはまったくもって気分がいいものです。

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 これにて私の公開処刑を成し遂げました。

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 今回のライブこそ、公開処刑の真打ちと言えるものだったのですが、あぁぁぁぁぁぁぁ感慨深し。。。


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 そもそも、私は歌を歌うこと…、それも人前で歌を歌う、…などという事が、もう苦手で苦手で、嫌いで嫌いで、恥ずかしくて恥ずかしくて、…だからこそ、私はそもそもギター弾きになった筈なのに…。そういう私が最もしてはならない禁忌を全面的に犯しに犯す、という全5回のシリーズでした。

 でも、自分が本当に愛してる音楽は、やはり歌こそがその中心で、すなわち"歌"とは自分の音楽観の中心でもある訳です。これは多くのギターリスト、楽器プレーヤーにとって、そうだと思います。


 今年1年間、そうしたことと真剣に向き合えたのは、とっても貴重な体験で、今までこんなに歌に打ち込んだ事は人生初でした。



 そして、今日のライブは、自分としては掛け値無しに、素晴らしかった。




 あの” お前(=サロドラにとっては真実の自分であるお前)”が、こんな事をよくやった。

 5回、世界五カ国の音楽を歌う…。真剣に音楽をやってるからこそ、それはハードルがべらぼうに高過ぎる訳で、特に今日の、私にとって最愛の究極の音楽の聖域に、絶対にしてはならぬ、禁じられた愛の行為を犯した訳です。まぁ、もしも自分が本職の歌うたいなら、こんな馬鹿げたことはきっと絶対に出来ないでしょう。自分の本職ではないからこそ、それを逆利用してその核心に到着する、…という柔道の寝技みたいなものです。


 でも、今日、やってみてよく解った。


 自分がずっと30年近くの永い間、いつ、いかなる時…、人生の最高に素敵な時、絶望のどん底の時、何気ない日常のとある時、深く哀しみにくれる時、歓びと祝福に満ちている時…、、どんな時にでもそれを愛し寄り添い、それに裏切られたことなど無かった、自分の感受性は間違ってなかった、と。


 どうして、自分がそれをそこまで愛していたのか……。



 今回のライブのセットリストは、ここで公表しません。


 今日、歌ったリストは、私の生涯のベスト・ソングでした。


 それらすべての歌は、なぜ僕らは音楽を演奏し、こんな生き方をするのか、その本当の秘密、人間が生きる意味…、それも音楽という人生を生きる意味、‥を最高に美しい真実の言葉、演じることもなく飾られる事もない言葉と声で語り、優しく歌っている。



 僕にはその存在がどこか神秘だったミルトン・ナシメントを初めて生で聴いた時、まだ僕は若く、人生も音楽もなんにもわかってない若造だった。


 小雨が霧のように降る中、雨に濡れながら聴いた彼の曲に、僕は産まれて初めて、"歌"というものを聴いて、涙が止まらなかった。


ポルトガル語の言葉の意味など全くわからず、その曲を聴いたのも初めてだったのに、どうしてそんな感動をそれにしたのか、その時の自分には自分が理解できなかった。


 神の慈愛のような優しい霧雨の中、本物の神の声のように美しく響いていたとても単純な曲…


 その曲は私の人生全体を予見し、そしてミルトン、彼自身が実際にそれを生きてきた人間として、ミュージシャンとして、真実を直接に歌っていた。


 今日の日が素晴らしかったのは、今日、ではなく、かつて言葉という上でまったく意味もわからずに感動し、魂で理解したことを、30年かかって、自分がそれを本当に生き続け、やり通してきた… ということを、やっと言葉という上でも、人生という上でも、知り、永い時間をかけてやっと自分の言葉で、自分の声で、自分の体で"歌った"、ということだ。



 音楽は言葉を遥か超えている。この一般論として自明な格言は、実はそれほどには自明な事ではない。


 音楽には、人間の声には、言葉を超えて、その"言葉の世界"を言葉で伝えるよりも、もっと正確に魂に伝える強烈な力を持っている。


 僕は自分の人生を賭けて、そのことを、そうとは知らずに実際に自分で証明してしまった。





 そう…音楽の核、それを観た。ステージで。




 これを観るために、自ら公開処刑に曝したのだ。
 言い換えれば、この世界、この宇宙の生命の存在の核をほんの瞬間、瞥見した。



 最高の夜だ…。




posted by サロドラ at 09:09| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月23日

奇蹟の日 〜ブラジルの風〜


 11月23日。例年通り快晴の青空。毎年のようにこの日を迎えるのだけど、いつもながら、この近辺は天神祭で御幣が辺り一帯にはり巡らされ、街中になにか清冽な神気が満ちている訳ですが、今年の今日、この日は、特に例年とは違う意味を個人的に持っている1日でした。

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 こんな場所でその詳細をつらつらと説明は到底できないのだけど、少なくと私にとっては何万年かに1回の特殊性を帯びた1日。


 いつもなら寝てる時間にむっくりと起きだして、あるべきことを、あるべきように動き回ってみると、やはり確かに「そうあるべきこと」が驚くほどそうなってしまうなり。


 そういう日をそういう風に過ごして、夕暮れに近くに、これまた音楽的奇蹟に遭遇。

 明後日の私の自決ライブにとどめを刺すのに相応しい御方を、目の前で拝聴…。


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 Hugo Futtoruso

 私がずっと聴いてきたMPB音源の中でも重要なトラックで鍵盤、ヴォイス、作曲やアレンジをされている巨匠です。その音、そのピアノの生音、を己の目の前で、しかもこのタイミングで、しかもあちら様から地球の裏側からここまで、こんな自分の生息地と至近距離にまでやってきて、聴くことができるとは…。。これが奇蹟でなくて、なんだろう?

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 随分以前に紹介した記事の、Tombo in 7/4もこの人が弾いて歌っていて、彼とアイアートの共同作曲です。おそらくこの曲の前半変拍子部分のメロやハーモニーのアイディアはこの人。

 最初にピアノのサウンドひとつを聴いて、自分の心に染み付いているあの音楽世界に思わず目が潤む気がしたが最後、そのあとは…………

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 いや〜すごい。すごい。。。と、しか他に言葉がない。。


 今回はウルグアイの音楽観にスポットを当てたイベントでしたが、ベテランper奏者のヤヒロさんとのduoあり、ソロピアノあり、レイ・タンボールによるカントンベあり、ウルグアイの若手女性per奏者Albana Barrocasのvoice,perあり、のてんこ盛り状態で、繰り広げられる世界があまりに凄過ぎて、聴衆はどこまでこの世界についてきているのかが謎なくらいでした。

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 そして、自分が今やってる音楽スタイル、マルチ同時多重生演奏の原型はこの人達だった、というのを今、初めて自分で自覚した。自分の音楽のもっとも濃い部分がやはりここから来ていた…。

 
 そして、どうして、音楽がこんな種類の発達をしたのか?…聴いていてそれが目に浮かぶ想いだったけれど、それは南米の原生林、決して生優しくはない、生々しい自然の風景、、それだ、と思った。地球の酸素、地球の環境のほとんどを提供している、あの大自然に生きる人達の世界、だからこそ出来上がった音楽。



 終演後、「あなたの音を昔からずっとミルトンなどのMPB音源から聴いていました。あなたが偉大な巨匠であることをよく存じています。」と挨拶をして話しかけると、「いや、僕はもう年寄りだからね」と苦笑気味に答えてくださった。

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あとA,Barrocasさんに個人的には非常に興味を感じた…。今日は少しの出番だったけれど。僕は彼女の姿を観て何かを直感した…。

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 良い映像があったので、こちらに貼っておきますよ。





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この奇蹟の日の締めはShivaでカレーを食べて歓談。来月、我々が起こすはずの”奇蹟”についての打ち合わせ。



扉は、開いたようだ…。





posted by サロドラ at 11:23| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月21日

SALONDORANJU LIVE ★ "しなやか" 5/5 Brazilian Purple

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11/27(fri) SALONDORANJU LIVE "しなやか"5/5 Brazilian Purple night @Organ's Melody

SALONDORANJU (Vo,nylon-ac-gt)

open20:09 start 21:09:09 ticket adv¥1800(+1dr order)door¥2300(+1dr order) info SALONDORANJU MUSIC tel 0839280389 


 さて、いよいよ今回が私の公開処刑最終回です。ライブの名前を”6”と題しているのに5回目で最終回、というのも疑問に思われるでしょうが、本当の秘密は"6"と"9"の結合にあるわけです。そういう訳で6回目は処刑、死、ではなくて、生命のエネルギーの爆発です。


 さて、私の公開処刑の最後は、私が自分の人生でずっと愛し、いつどんな時でも、ずっと寄り添ってきた、まるで永い間、私の秘密の恋人の様な音楽です。

 それは誰かに聴いて欲しい訳でも無ければ、知って欲しい訳でも、理解して欲しい訳でも無い。ただ、自分だけが真に理解すれば、それでいい。自分自身の創作音楽よりもある意味もっと大切な、真に己の人生と寄り添い愛している音楽。



 思うに、人間は”愛”なるものを大きく錯誤しています。



 それは、誰にも知られず、誰にも理解されず、誰にも報われないからこそ、真実の愛、と言えます。


 それを報いる存在がもしもあるなら、それはたぶん、"人間"なんぞではないでしょう…。



 でも、古来から人類普遍のそんな、自然な、心の純粋性をいつ人間は失ったのだろう? 一体いつ、世界は…、否、"人間"は、ここまで愚かで醜くなったのだろう? それは古来から神話や文学や戯曲や物語りや歌の、すなわち音楽の、永遠のテーマであって、人間にとっての永遠の生命の主題なはずなのに…。


 私に於ける音楽愛、それは本当を言って誰にも知られたくも無ければ、誰にも聴いて欲しくも無い…

 それを人前で披瀝する、などとは、最大の自己矛盾、自死、以外の何ものでも無い。だからこそ『公開処刑』。


 今回は通常、常にしている映像記録もせず、当然、音源、youtube映像などの『音楽の哀しい模造品』を創って披瀝する事もしません。その音楽世界を死ぬほど愛しているからです。


 瞬間で生まれては消えていく音…

 それこそが音楽だ。

 生まれて、それは刹那に消える。

 だからこそ音楽は世界で一番、素晴らしい。この世で一番、美しい…。





posted by サロドラ at 09:09| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする