2009年10月30日
埴谷雄高
最高です。
http://www.youtube.com/watch?v=xwA2IxpVxLs&feature=related
埴谷雄高独白 死霊(しれい)の世界13
http://www.youtube.com/watch?v=VZ9l7GtZrZE&feature=related
埴谷雄高独白 死霊(しれい)の世界14
http://www.youtube.com/watch?v=zaMx3ZO9CGI&NR=1
埴谷雄高独白 死霊(しれい)の世界15
だいたい、『最後の審判』と題して、イエスの食べた魚の霊を登場させて、イエスを断罪する…、などという発想をした思想家や文学者など、世界でも他に見たことありません(笑)。さらには釈迦の食べた豆、草木類をもして釈迦を断罪させるとは!?
この作品の全文をまだ完読してないけど、この第7章『最後の審判』は最高に素晴らしいです。
西洋と東洋の人類史を驚くべき着想から断罪している。そしてその中心は日本的感性の発露を基盤としている。この先に到達できたら、おそらくキリスト教、仏教を凌駕する日本オリジナルの宗教が生まれますね…これは。。。
実際に、私達は21世紀で、それ以前の宗教や哲学体系の根源に帰る必要があるし、更にそれを超越する必要があります。そしておそらくそれはきっと成就するのでしょう…。
***
昔の日記でもちょっと書いた事ありますが、この映像に映ってる埴谷氏の家のすぐ近くに、以前私は住んでましたが、ある日、たまたま購入した文芸雑誌を机に縦置きでカフェで眺めてたら、なんか前の席の和服の爺さんが、こちらをちらりちらりと妙に気にしてる。「なんかヘンな爺さんだわい‥」と思って家に帰って雑誌の表紙を見たら、「あれ、さっきの爺さんじゃないか?」などという事もありました。そりゃ、いかにも音楽やってる文学とは遠い感じの20代の若者が、自分が特集の雑誌をしげしげ眺めてたら興味を感じるよね…(笑)。
そんな感じで近所でよく埴谷氏を見かけしましたが、あぁぁ今思えばつかまえて色々話を拝聴しておけば良かった…。
本当に残念で仕方が無い…。(しかし思えば近隣住民は変な(?)文化人だらけだった。埴谷氏を筆頭に、梅図かずお、竹熊健太郎、高田渡、…etc.日本の各分野のカウンターカルチャー人の巣窟。しかも凄い濃い人達…。)
キリスト教なんかの宗教勧誘の人が玄関にやってくる事が多いですけど、埴谷氏は「何故自分はクリスチャンにはならないのか?」を軒先きで延々と説明をするという話を聞いた事があります(笑)。
思うに氏は『思想』なんてものの型やポーズではなくて、本当に思索を重ねてる。
生の世界を断罪する全否定者、ジャイナ教の始祖マハヴィーラを登場人物に反映させてるのですが、…しかし、世界最高の全肯定者としての釈迦やイエスと、世界の全否定者を対決させるスリル(!)…もうこの設定だけで凄い。
惜しむべくは、ラストシーンに成る筈の、大雄(マハヴィーラ)と釈迦の対決シーンを読みたかった……。
私には埴谷氏が最後にこの2人に何を語らせようとしたのか、何となく想像できる気もします‥。それは人類史を包み込む、物凄いシーン、凄まじい感動的シーン、に成る筈だったのではないでしょうか。。最後に深い神秘を読者に託して未完に終わったとみるべきでしょう。
あと、氏の日本文化、日本語、日本人、そのルーツ論も改めて著書を乱読すると、私と同じ結論の様です。それが学術としては論考が難しい事、また学者連中が全然勉強してない事など、とても面白かった。私がもっとも共感した部分は『太平洋戦争とは、実は日本人が無意識に自分のルーツを捜し、そしてそれを守ろうとした戦争だった』という見解です。もう数十年前に同じ事考えていたのだなぁ、この人は…。
先のあの戦争の本当の哀しさは、まったくそこにあるのだ(!) そして、もしもこれを文学で描いたら、神話として描いたら、どんな美しい物語りに成るだろう…?
感銘を受けた素晴らしい言葉を拾っておきました。
『生と宇宙の謎を解く為に私達は生まれさせられた。文学が発生する根拠はそういう事なんですよ。』
『私達裸体人間は、その抽象性もその具象性もまだまだ中途半端でとても万物の霊長などと威張ってはおれない。
私達人間はまだまだ何者かになり行く途上の過渡期にある中間者で、これをまた私流にテーゼ化すると、
人間とは人間ではない何者かになり行くところの、一種、緩慢無自覚な自己超克存在である。』
〜〜〜文学を創りだす根源の動機は何ですか?
『それは生の発動です。人間はそれに促されて文学を書き芸術を創る。〜中略〜
すべての人間が詩人になるのでなければ人間の真の幸福はありません。これからは人類を救えるのは文学だけですよ。
文学はもう娯楽でも楽しみでもありません。それは新しい宗教にならなければいけないんですね。
信じることを失った人間、冷めきった人間の心を文学によってそう思わせて意識を変えてゆく。
それが真の革命です。』
http://www.youtube.com/watch?v=2Pdkx4stmnI&NR=1
埴谷雄高独白 死霊の世界21
ところで、埴谷氏の本名は、般若豊ですが、「般若」とはサンスクリットの音写漢訳で、原語はプラ・ジュナー(ナ)。その元の意味は『プラ=至高の』『ジュナーナ=叡智』=『至高の叡智』という意味です。まさにその名前の通りの人生を生きた方ですね。
***
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/131596226
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/131596226
この記事へのトラックバック


