2013年11月16日

努という漢字


こりゃまたひどい。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20131115-OYT1T00394.htm


 これはいつも授業でも、私はよく教えるのですが、『努』という漢字の成り立ち。


 「おんな」の「また」の「ちから」、という風に、漢語、漢字を日本語訳にした訓読みで、本来外国語であるその語彙、成り立ちを読み解こうと思う時点で、教育者として絶望的ですがな……。。。


 「おんな」はまだ良しとして、、、又は「また」ではそもそも無い。これは「右」という漢字の左払い、横棒、の上部のパーツと同じ形で漢語的には、これを「ユウ」と読みます。

 この「ユウ=又」とは、右手の手のひらと右腕の上腕部の形の象形で、このパーツだけで、まさしく右手を意味します。
 

 即ち、努という字の上のパーツ、「奴」は、女(女性を含む弱者全体を結果意味する)を右手で捕まえ、奴隷化する事を意味します。

 だから奴は奴隷という語の「奴」でしょう?
 

 そして、奴の下に心をいれると、「怒」ですね。

 すなわち、「怒」とは奴隷の心、、その様な鬱積した心の様態です。日本語訳で「おこる」という語彙と、本質的な感性がまず違っています。

 
 という訳で、努力の「努」とは、奴隷の力。日本語の「つとめる」という意味合いでは本質的にありません。

 すなわち、隷属し、無理矢理に使役され、酷使される側‥、そういう者の力です。



 よく先生、親は、子供に言いますよね。


 『努力しろ』 『努力が足らん』


 ‥‥‥‥いいんですよ、そんなくだらん事などしなくても。(自分の子供や生徒を「奴隷」に育てあげたいなら知らんけど。)


 『勉強につとめなさい』…これならまぁ良い。

  
 …しかし漢語で『努力』、、、こりゃいかん。



 んで、この悪徳園長先生。確かにこの「努」の漢字の成り立ち通りの行為を、全くそうとは知らずにしてると言う……(哀しく苦笑)。


 まさにこの「努」という漢字の成り立ち通りの愚か者丸出し行為を、(間違った意味で)口にし、(正しい意味で)行為してるという事実。。。


 これこそ、言語、そして漢字という文字の、本質的な力の発現をみている訳で、恐ろしい誤謬です。この様な間違いと、それゆえの哀しく滑稽な悲惨は、(日本の歴史上)世間一般に深く浸透しています。

 その矯正こそ常々、私が書道を教える時の重要なモチベーションの一つとなっていますが、書道とはカリグラフィー、習字、単なるデザイン、などとは本質的に異なっているのも、こうした部分の知的理解、読解、そしてその体得と、コントロールする力にこそあると私は思っています。

 本質的な意味に於いて、『書』とは、世界を生み出し、創造する力の根幹を成すものです。




 …で、私が口酸っぱく皆に伝える結論。


 誰をしも「努力」などしてはいけません!



 己の力が内側から、そして魂の底から湧いて来ないくだらない事は最初からするな。

 本当の己の力を誰に言われずとも、みずからの内に自然に、充分に湧き出ている力から出せ。 

 みずから、宇宙の自立した全ての力がそうである様に「精進」せよ。


 そうすれば、誰でも天才かつ自由であれる。

 


 ps,

この「自由」の通りのライブイベントを、来月、私達は現実に皆さんに体験して頂きます!情報は追って告知します。

posted by サロドラ at 05:02| 書道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする