2013年11月23日

「11月23日」という日


 今日、11月23日。

 日本人という民族にとって(もしかすると世界中にとっても)、本当はこの日こそ1年で最も神聖な1日です。本来的にこの日は日本人にとって、キリスト教圏に於けるイエスの誕生日であるクリスマスに等しい祝祭の日です。

 いつも不思議に思うのですが、どれだけの日本人がこの事を、単なる風習ではなく知的な理解をしているでしょうか?

 学校教育では未だに戦後のGHQの施策を引きずって、日本固有の神話や物語りを子供に教えない。おそらくそれが原因なのでしょう。

 この日は勤労感謝の日、という共産主義的な匂いのする全く意味不明な名前でずっと汚されている。そんな奇妙な名前とは無関係に、日本人にとって永い間、この日は祝祭の日でした。


 この日は全国でも、神社の秋のお祭りが各地で開催されており、ここ山口市でも天神祭が商店街で神輿や稚児行列などが盛大に行われ、数日前から辺り一面に紙垂が飾られています。

 毎年この数日間は、普段の商店街の雑踏と言えど、何か、神域の様な清らかな気が、辺りを覆っています。


 この日、伊勢神宮では新嘗祭がおこなわれていますが、この祭りは飛鳥時代から1500年くらいは続いています。しかし、これはこの名義、スタイルの祭りとして、という意味で、おそらく本当はもっと古くから連続している儀礼(ともすると何千年、何万年の可能性も…)だと私は考えています。


 全国中の祭祀はこの伊勢神宮で行われる新嘗祭を本意として行われています。

 そこで、この新嘗祭の『嘗』という漢字の真意を、書家として、今日のこの日に皆さんに知って頂きたいと思います。



 嘗の上の部首、縦、点、払い、の部分は、元の象形では、横棒に斜めの線が描かれ、それは幽気が立ちこめている姿です。

 その下のワ冠は、御霊屋の屋根でその下の口の部分を「サイ」と呼び、これは神への祈りの祈祷文を入れる箱型の象形です。

 そして、その下にヒの様な形の部分は、人の屍が横たわっている形を意味し、その下の日は、玉(ぎょく)という水晶玉の形で、この文字全体が古代の一つの儀礼の姿形をしています。

 そして、この儀礼の元に、上に描かれた幽気の部分こそ、目に見えない神が姿を顕わし顕現することを表現しています。


 これは即ち、1年に1度、神を儀礼によってお迎えし、普段は目には見えない神がそれに呼応して姿を顕わす、という事を意味しています。


 ちなみに、当の旧字体「當」や、「尚」という字もこの意から派生した漢字です。


 天皇即位の際に行われる、1代に於いてただ1回だけの、この新嘗祭を大嘗祭と呼び、実質、天皇が個人を捨て、天皇という地位に即位する、という、おそらくそれは南方のポリネシアあたり周辺から古代に伝わり、まさに弥生以降を経て飛鳥時代頃、農耕儀礼の態を為し新嘗祭としての確立をして、そして21世紀の現代の今に至っても日本に連綿と続く、世界にも類をみない特殊な形態の古代儀礼です。

 
 クリスマスは意味不明に馬鹿騒ぎしたり、プレゼントを送りあう我々ですが、本当に大事な日は、今日この日。

 またこの11・23、という西洋暦の日付の確定は割と近代なのですが、この数の日付の確定には深い儀礼的な意味を持っています。

 しかし何故、多くの人は本来の意味というものを忘れ、意味を喪失してしまっているのでしょう…?

 私にとって重要な問題として、意味を失った人間が、何かもの創りをする時、やはり意味の無いものしか創り出す事ができません。

 意味、というものを我々は失ってはならない。


 …しかし、一般論として意味が忘れ去られているとしても、非常に感動的な事に、その所作は確かに、まるで無意識の営みであるかの様に、連続し続けています。

 この様な驚くべき連続性こそが、日本、そして日本人という民族の最も根底的な力ではないでしょうか。


 これ程の永い時間の連続性を現代社会と融合しながら保持し続ける高い能力を持っていたのは、地球上全体を眺めても、結局この日本だけでした。

 海外のどの国、どの民族も、これを真似する事などができはしない。


 王族は滅び、皇帝は革命によって駆逐され、固有の文明の連続は、外来的世界宗教と、テクノロジーが破壊を繰り返してきた。


 ところが不思議な事に我が国だけは、これらの難を、特に難ともしないで驚異的に極自然に逃れ続けている。

 この本当の秘密に触れる時、日本人は、真に日本人でありうると私は思っています。


 余談ですが、steve jobsのあの有名な言葉「stay hungry,stay foolish!」の言葉の発案者で、ホールアースカタログの制作者、stewart brandは、1万年の時を刻む、という長時間の連続性を意味する時計を創り、時間の連続性と、その視点からの文明をオーガナイズしています。

 その維持システムの最良の見本に、伊勢神宮の式年遷宮のシステムを選んでいます。それは、それが生きた文明に於ける時間の連続性に関して、世界最長であるという認識からです。

 人類はその大きな視点から、世界の環境を考え、ひとりひとりの人生を創造し、安定した文明を存続させようという本意だと私は理解しています。



posted by サロドラ at 11:23| 書道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする