2018年03月03日

音の温度



 音楽の熱、その熱量、について、たまたま目から鱗の発見。



 私自身、この20年くらいはデジタルデータで音楽を楽しんでいるし、iphone登場以降は、もう音楽リスニング体験は、iphoneを中心に回っている、と言っても過言ではない。まぁ、ただ音質にはやはりこだわりが強く、ヘッドフォンには常にこだわる。レコーディングスタジオのミキサールームでのモニタリング環境と同じ体感感覚を、常に自分の基準値にしている。


 そうした環境で、最近のリマスタリングものを聴くと、昔に聴いた印象とは違うミックスに聴こえたり、音の配置、音像などがはっきり聴こえたりして、こうした環境自体には、まぁ至極満足していた。



 …ところが。。。



((論点1)) まず、私個人のこの数十年の疑問点の一つに、若いデジタルネイティブ世代の、音楽の技量、知見、教養、センスなど、こうした便利な時代で情報も多いから、どんどん飛躍的な向上をするだろう、と単純素朴に予想していたのだけど、実際の現実を眺めるとまったく逆の現象が支配していて、なんだこりゃ??? …と、ずっと不思議に思っていた。



((論点2)) まぁこんな訳で、最近の便利さたるや、驚くべきもので、制作環境的にも、昔は数千万円クラスのデジタル機材と同じ事が、ラップトップでいとも簡単にできるし、下手するとiphoneでできちゃう。こりゃ極楽極楽、などと私自身うつつを抜かしている訳だけど、凄い名盤、強烈な音源、などが世間に登場するか?というと、ほとんど皆無。CDの売り上げは激減してるとよく耳にするけど、そりゃ所有欲をかき立てるブツが無い上に、youtubeやら配信サービスやらで、適当に音楽は楽しめるのだから、誰がCDなんぞ買うだろう? 要は音源としての音楽市場は確実に縮小している。こんなに便利に制作できるのに、である。



((論点3)) 最近、よく感動する事などが私はとっても多くて、変な話、道を歩いていて、花をふと眺める、とか、ただ子供がにっこり微笑んでいる、とか、という些細なことですら、涙ぐむほど強く感動する私である。しかし、音源を聴いてる時に、涙ぐむほどには感動しない(無論それなりに気分は良いけれど)。音楽というものに対して全身総毛立つほどの感動、をいつでもしている種類の人間、なのに、である。




 こういう、私の身のまわりの普段の出来事。




 で、研究生のmくんと話していて、デジタルネイティブらしく、アナログの音を聴いたことが無い、なんて話から、じゃぁ聴かせようか?って話で、なんとなくアナログのビニール盤と、DJターンテーブルを用意して、試しに、永年の愛聴盤の一つをかけてみた。


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えっ?????





 正直、鳥肌がたった。‥ってか、涙でた。

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 その華麗なインタープレイ、ギタースタイル、それは私が最も愛し、自分の規範にしてきたものであり、勿論、いつも自分のiphoneにだって入ってる。さらにyoutubeでも丸ごと聴けるのでクラウドっぽくiphoneに容量をおきたい時には、youtubeでも聴いてる。その状況に、便利さを感じても、決して不満など感じた事など、無い。






 …ところが、、




 まったく、聴こえ方が違うのである。音楽の全て、ギターの全て、演奏者のエモーションの全て。音の全部。音楽の全部。演奏の全部。まるっきり別ものなのである。



 ギターソロ後半部の、展開などは、もう聴いてて涙ぐまざるを得ぬ。これぞ、ギター弾きの本懐。…まるで最高技量のサムライが命懸けの魂を込めた斬り合いをしている様、風情を感じる。




 ……………。



 おれは、パソコンを中心とした環境に身を浸してこのかた20年、いや、CD登場以降の30年この感覚を忘れていたのか。。


 確かにクラブで良いdjの捌く音に、胸沸き立つことを感じる事はあれど、クラブミュージックで、アナログレコーディング時代の音源、それもビニール盤をミックスするのは、余程の趣味人以外は、あんまり無い(盤面が古くてノイズが多いし)。しかもダンスものじゃないし、オレの好物。



 とにかく、最初の自分の音楽、そしてギターの原点、それはこの音のスリルと熱さに痺れて、このギターを弾きたい、自分もそれに同化したい、オレもこう成りたい、っていう強烈な熱量が内側から湧いたからこそ、必死でコピーしたり修練に修練を重ねたのであって、この腕をライブで人前で!! …などと強烈な欲望を持った訳で。



 この欲望、情熱の発生から、現在の自分の便利な環境が、どれほどに遠いのか?、痛感。


 この視点から、


 ((論点1)) は、もう充分理由が理解できる。そりゃ、そうだよ。音源聴いて、そこまで涙出るほどの感動せんよね、これじゃ。そんなもの聴いて、自己同化願望が強く湧かないの当たり前だ。んな人、上達する訳ない。

 ((論点2))  は、そりゃ買わんよ、誰も。音楽を買う、ってのは魂の感動を買う、のであって、へんに纏まった小綺麗な音を買う訳じゃない。そりゃ、売れなくて当たり前だ。

 ((論点3))  は、便利さと引き換えに、感動を置いていった訳で。。そら、楽しんでるよ、それなりに。しかも便利に。。でも、震えないよ、その音。





 今、USなどのヒット音源は、cdやデジタル配布や配信以外で、なんとアナログテープ音源の販売が熱を帯びている、これも、結局そういう意味合いのものだ。

 また日本の場合は、音源の売り上げよりもライブ市場にマーケティングは移行している。(でもこれ…生の演奏能力がそもそもか弱い日本の音楽、ミュージシャンは決定的な弱点を永らく持ってる。とても残念ながら。)



 デジタルは確かに便利だ。でもそれは、本当の意味で、人を感動させ、魂の熱を呼び起こしたりはしない。



 アナログはとっても不便だ。扱いは難しいし、不安定だし、ノイズもすぐに起きる。でも、魂を動かす、何ごとか、が確かにそこに響いている。



 これを思うと、情報量とはビットレートや、サンプリングレートの数値では計れない、という事が明白である。



 アナログは、レンジを超えると、歪みを起こし、それがコンプレッション(圧縮)効果となって、寧ろ、コントロール不可能で無作為な暴走が音圧感に変換され、そこにこそ感動の要素が詰まっている。エレキ・ギターの音など最たるものだ。良いギター・トーンってのは、オーディオ的には完全に間違った音で、過負荷をかけ過ぎた、電圧の許容量から遥かにはみ出した音である。


 オーディオとしての綺麗な音=音楽的な良い音、では無い。



 よく考えると、10代の頃、毎日の儀式として聴いていた熱くなる音って、アナログレコーディングもののビニール盤を、さらにアナログテープにわざとピーク超えで自分で録音して聴いてた訳で、自覚無しで、2重、3重の、濃厚な(?)テープコンプレッション技術を使って聴いてたのが、極普通のリスナー環境だった。


 あの音。



 あれがなんだったのか、非常に便利な環境のせいで、全部忘れてたところだ。
 

 あれはプラグインなどのリミッターやコンプレッサーで、再現は不可能。(気に成って一応、ぜんぶ試した…手持ちのデジタル音源吸い込んで、あの感動の音を再現できるかどうか。)


 よって、


 不便が、快楽を生み出す。


 これは精神論でも、ノスタルジーでも、無い。具体的、そして明確な、生理性を伴った物理現象である。

 
 これはおそらく、人間の生活すべてに敷衍する。



 今の大きな潮流を観ると、世界の最先端は、もう皆、これに気づいているのだと思う。

 



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 これに気づいてから、70年代のアナログ、80年代前後のデジタルレコーディング普及時、CDが普及していない頃の80年代の音源、を漁ってみた。

 結論としては、70年代のアナログレコ時代は、やはりビニール盤は凄くいい。80年代は悪くはないけど、ちょっと微妙(もとがデジタル音源だから奥行きがない。特に日本制作盤。海外レコーディングは良いアナログレコーディングをしているものに限って最良)。90年代のprotools環境以降はなんかもう…。。あと、クラッシックはやはりデジタルがいい。ピアニシモのとこはノイズが多過ぎて聴けない。


 完全ノイズレスのアナログ、もしも可能なら、これ最強かも。


 ビニール盤はノイズとは手を切れないから、案外、進化したテープ音源、これは最強のツールになるかも。まだこの時代になってもUSの方が一歩先を行ってるよなぁ…。

 
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無駄な比較であるが、一応。

音圧感(コンプレッション効果)、EQレンジの違い。音の温度の違いが少しは伝わるかな?

70年代正規 ビニール盤 to デジタル圧縮 非処理


CD itunes to デジタル圧縮 非処理


 
 


posted by サロドラ at 03:03| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする