2020年02月26日

紫式部と海



 この数年、最も感銘を受け続け、影響を受け続け、インピレーションを私に与え続けている存在。

 紫式部である。


 正直、こんなことは予想もしなかったし、意外中の意外、と言ってもいい。

 
 彼女の一般のイメージとは、教科書的な、学校で受験用の唯の知識、魂の籠らないトリビア(それはなんだか脳内の海辺に浮かぶ知の廃棄物の残骸に私には見えるのだけど)では、『清少納言と並ぶ平安の女性文人』、というレッテルでしかない。


 しかし、私の心が確かに観た紫式部は、それとは全く違う、真に偉大な人物であり、文学者であり、魂の表現者であり、真の意味での哲学者であり、世界の機敏とリアリズムを真芯で捉えた真に優れた日本女性だ。


 枕草子の文章は確かに軽やかで、その当時の女性としては充分に教養もあり、五感で感じる感性を満たすものではあるけれど、結局はそれでしかなく、平安の当時の瑣末なリアリズムを伝えるものでしかない。

 つまり、現代で言うところの、軽妙なエッセイストでしかない。

 
 それと紫式部を並べるのは、全く無理のある、まるで格の違う人物なのである。人間の格、文学者としての格、女性としての格、何もかもが異次元のレベルである。


 確かに宮仕えをした身分として、清少納言と、紫式部にそれほどの違いは無いし、当時の宮中の人達に、その価値の違いを目に見えて理解ができていたとは推し量り難い。


 もしもそれを見抜いていた人物が居たとしたら、パトロンでありおそらく愛人である藤原道長である。彼の賢明で偉大な功績とは、その人物を見抜く選定眼力によるものである。異能の奇才である安倍晴明の登用も、結局は道長の才能と采配によるものである。


 私はこの3人こそ、日本が世界に誇る平安の雅の核であり、それにまつわる貴族、例えば藤原行成などは、その官仕に過ぎないのだが、これだけの才能の集合に参画する才能も、もちろん行成本人の才能に依る。



 紫式部日記を読んでいて、どうしても解らないのは、安倍晴明との関係で、文献上は全く登場しない。しかし、だからと言って、関連性を否定するのは学術の愚である。まるで警察の現場検証の様な虚しさがそこにある。


 私は、この件について、あの文学の才能、言葉の絶対的な不可能と、言葉の真の威力に対する徹底的な才能を持った人物だからこそ、の所行と理解している。

 対して道長の日記の記録には、頻繁に安倍晴明は登場する。いかに彼に共依存し、委ねていたのかが憶測できる。それはまるで、家康と天海の関係にそっくりである。

 

 さて紫式部。

 彼女の紫式部の名は、もちろん本名でも無いし、ある種の源氏名(皮肉な言葉だけど)であり、その本名は定かでない。藤の式部、すなわち藤原道長に仕えた式部、という役職名義が、当時の実際の呼称で、紫はもちろん、源氏物語の大ヒットからそういう呼び名が宮中で自然に広まったに過ぎない。

 そもそも源氏物語という呼称すらも、当時につけられたタイトルでは無いし、敢えていうと、紫の物語、もしくは紫の結び、とでも言う呼称の方が、リアルタイムの人達の自然な呼称であったと思う。


 そこから考えると、紫、とは光源氏のことではなく、紫の上、つまり幼少時代に光源氏に連れ去られ、ほとんど極上の環境に拉致監禁されて育てられた、若紫こそ、やはりこの物語の核であり、この物語の本当の主人公は、光源氏などではなく、この少女なのである。


 20世紀、戦後の国文学の研究の成果として顕著なのは、この源氏物語の実際に書かれた順番について、なのだが、信用できる学説の一つは、この若紫を中心とした、言祝ぎ(ことほぎ)の物語こそ、最初に編まれた物語であり、それを若紫系と分類される。

 対して、どちらかというと呪いに関するネガティブな内容を描いた物語群、これは帚木系と分類されるが、これは後で追加、補強したエピソードで、人間の怨念に属するものである。


 源氏物語の一つの重要な面白さとは、この陰陽の対比関係にあり、一つのエピソードの中でも、常に文体の事細かな詳細に至るまで、この対比関係の陰影を深く刻んでいることである。



 故に、私はこの物語の真の面白さとは、陰陽道にまつわる隠秘学(オカルティズム)を基盤として生々しく構成された世界である、というに尽きる。


 そうして日本の歴史上、最高の天才安倍晴明と、最高の天才紫式部、という二種類の最高の天才がすぐ近くに寄り添っていた事を、どうしても見逃す訳にはいかない。文献に無くても、時代の流れから推察して関係してない訳がないのである。


 また、古今集に見られる当時の最高の雅の感受性、詩的文学の真骨頂も、もちろんそこを発信源としている。


 私がこの数年、惹かれて止まないのも、そこに文学の、芸術の、そしてもっと重要な事だけど音楽の、決定的な根源の発露を私の心は透き通る様に眺めるからである。



 海。


 紫式部の描いた世界の根源は海である。


 生命の母、根源である、海である。


 清少納言の晩年は本当に悲惨だ。彼女は海に陵辱された(宮仕えを辞した後、落ちぶれた生活を京都でした後に四国で漁師に陵辱されて死んだ)。つまり、それは暗喩として文学に陵辱された。

 もっと更に言うと、スサノオに撃ち殺された。

 スサノオとは、詩の根源であり、海そのものだ。潤し、和ませ、生命を与え、そして荒れ狂い、生命を犯し奪う。



 紫式部の晩年は、なんだか不明瞭で、定かでない。

 それが何を意味するのか、私にはよく解らない。女性の穏やかな幸せを意味するのか、文学の頂点に死んだ哀しい刹那を意味するのか…。



 文学を、つまり言葉を舐めてる人間は、文学に撃ち殺される。文学を真の愛で操る人間は、言葉によって永遠に生きる。

 
  
 文学の正体とは、詩だ。

 詩、その正体は、海だ。生命の根源である海だ。

 海の正体とは、塩と水だ。

 塩は地に残り、雲は水を浄化して、塩を濾過した水となり慈雨となる。

 そして水は、生命を与える最高の善である。
 


 紫式部の定かではない運命は、まるで霞の様なクラウドだ。彼女の言葉は、今でも生命を慈しみ潤している。


__ 2.JPG


 
posted by サロドラ at 06:01| 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする