2022年04月16日

遠い美的な黄色の風船


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 気候が暖かく成りだいぶ体調が上向いたので、美術館で開催中の『ミネアポリス美術館展』へ。


 ミネアポリス美術館は、18年前に行ったことがあって、少し離れた場所の外のかなり広い敷地の彫刻庭園を眺めたり散策したのだけど、美術館の所蔵品は観る時間がなくて結局観れず、今回初めて鑑賞できた。



 米国内所蔵の日本美術はボストン美術館などを含め、日本国内以上にその質、量ともに非常に高く、明治期に海外に流出した作品、戦後に押収され流出した作品などが多い。


 西洋化の波に乗る事に必死だった明治政府は、自国の宝とも言える重要なものを、その真価を認めず海外に叩き売った愚かな所行、その行為の吹き溜まり、とも言えるのがこの素晴らしい膨大な作品群だ。


 21世紀の今こそ、私達、令和時代の日本人がその価値を得るべき、ものである。


 ここにある作品群のすべては、日本が1500年の歳月をかけて積み重ねた叡智と技術の結晶で、この展示作品全体を眺めて気付いた『最も重要な事』とは、江戸中期頃にこの積み重ねの粋を極める技術、美学、哲学が、元の漢文明を超えて究極的な完成と洗練を見た後、そこから明治期に至る頃に、退廃、衰退の気を見せている点である。


 中にはその機運に反抗し、復古的な仕事をした絵師もいるが、全体としては、西洋画、西洋美術へと、その頃を軸に怒濤の如く流れていく。


 つまりここに並んでいる美しい世界は、明治維新を原因として喪失した『失われた日本文明』そのものである。


 特に、源氏物語絵巻、仮名で描かれる絵巻類、などを眺めて、それをワタシは痛感し、なんとも言えぬ気分になった。


 ここに並ぶレベルの極限的繊細な筆使いができる人間が、明治の頃には衰退、絶滅していった過程が、時系列で眺めてよく解る。


 例えば明治の三筆などと評される書家(ワタシ自身の書流はこの流れを汲むのであるが…)は、ここに並ぶ、絵師、書家のレベルには、筆先の技術という点に於いても、知識、教養に於いても、更には精神と言う意味に於いても、まるで程遠く、劣る。


 これは現代の令和に於いても明治期と比較すると、同じギアで墮ちていて、明治期の極一般レベルに今現在の書の世界の人間は、その技術、教養、学識、そして精神の格調が、全っ〜〜〜く程遠い、と言う現象と完全に同じである。


 この巨大なローギアチェンジ現象は、明治維新時と、戦後を境にした昭和中期に二度起きている。


 つまりここに並ぶ中世から江戸期にかけての文明世界から、二段階ギアが墮ちた世界が今現在の令和の時代である。


 文化は連続するが、文明は滅びる、という見識はあまり一般に理解されておらず、それが"失われた事実"は自覚されてない。


 会場を眺めると、この種の日本美術展ではいつもの事だが、圧倒的に年配の方が多く、そうした高齢者の中で、ここに展示されている歴史的文物をす〜らすらと"自然に鑑賞"できる鑑賞者は、よほど研究を重ねた稀少な人材以外、おそらく唯の一人すら、居ない。ほぼ全員が、戦後生まれだからだ。

 翻って逆のデジタルの世界は、デジタルネイティブの若い世代の方が圧倒的に強い。

 大昔だったら、年配の人から学ぶ智慧、技術、などにもっともっと多くの価値が有った筈だけど、会場を眺めて、ワタシは歴史的文物に関してそれが今、存在するなどとは、到底思えない…。もう全員、明治以前どころか昭和の戦後教育と文化環境しか己の実体験として知らない世代。

 おそらく会場の多くの年配の方にとって、微かに子供の頃に親や大人に垣間見た記憶を覗くノスタルジーがある程度ではないか?


 文明の連続性を喪失した状態とは、こうした現象を産む。


 対して、先進国の西欧圏はここまで深い断絶を味わっていない。


 100余年前の文物が全く読めなかったり、正確に意図を理解できなかったり、という事は基本的には無い。


 …これはまるで荘子の『邯鄲の歩み』の逸話、そのものではないか?



 日本美術鑑賞向けの仄かに暗い会場に呆然と立ち尽くしたワタシは、『文明とは何か?』について、深く考えさせられた。


 また、自分の在り方についても、改めて深く見直す機会にも成った(かも知れない…)


 "私"は先人の、この偉大な人達を心底、尊敬している。

 しかし、その表面的な模倣や古典復古には行かない。

 『行ってはならない』という事が目の前で現実の作品によって実際に証明されている。

 でも、表面では無い、本質に於いて彼等の偉大に、自分は見守られている、という自負や、励ましや、目には見えない暖かい眼差しを心から感じた。


 

 
 Ars longa, vita brevis.(lingua latina)

  Life is short, Art is long.(English)

   人生は短く、芸術は永い。(現代日本語)



       〜Hippocrates


 Ars-Art-芸術とは技術、学識、知見そのものであり、それを真に得るのに人生の時間はあまりにも短い。

 とても儚く短い人生で、"永遠"に直に手を触れる真摯な営みこそが、芸術。
 


***


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(北斎の最も著名な浮世絵 富嶽三十六景の中でも最も著名作品 原版も!)


(〜北斎の芸術への姿勢について〜 第54回ORPHEUS読書会より)


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(個人的にはこれが昔から大好きなり♡)


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(これは現物を生で観ると、ふわりっとして”超立体”絵画技法で、本当に歩き出しそうな虎なり)


***

伝 住吉如慶

(玉虫の姫を中心に、蝉の右衛門、コオロギの局(つぼね)、さらにキリギリス、ひぐらしなどを擬人化した殿上人達が繰り広げる恋物語。最後は玉虫姫と、蝉の右衛門が恋を成就し、蝉の男児を出産し、一家は幸せに包まれて終わる。)


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【仮名 原文】
かく帝 玉むし いとあ津しく なや三 給ふを めつら

しき こと丹やと まちき こ遊る尓 さ八 奈く亭

日越遍弖 おもくな里行まま 多連も〜おもひ

さ八き弖 さ満〜 本とけ可三を いのり 侍連と

楚の志るしなくて よ八りゆき給ふ と起〜

多え入給ふ お里し 侍りし丹 恵毛んの 可三八 よ流

飛る つきそひて 王連丹毛 あら天 こ能 御奈や三越

い可丹して ましと おもひ 王つらひ な三多可ち丹弖

お八春る尓 古うろきの つ本年も うちな三多く三て

この御王つらひ 多、事尓し毛 侍ら須 気ら

みこ尓 とひ侍らんとて や可て よひ弖 者ら八せ

介連は さ満〜奈の里出弖 つ連奈くて や三丹し

おもひ 奈可らへ弖 見きくおもひ八 思ひ志らすや

奈登いひの、志る越 さ万〜の いのり越し川、

す可しのけ奈や三毛 す古しおこ多り給ふ



【歴史的仮名遣い文】

かくて玉むしいとあつしくなやみ給ふをめつら

しきことにやとまちきこゆるにさはなくて

日をへておもくなり行ままたれも〜おもひ

さはきてさま〜ほとけかみをいのり侍れと

そのしるしなくてよはりゆき給ふとき〜

たえ入給ふおりし侍りしに恵もんのかみはよる

ひるつきそひてわれにもあらてこの御なやみを

いかにしてましとおもひまつらひなやみたかちにて

おはするにこうろきのつほねもうちなみたくみて

この御わつらひたた事にしも侍らずけら

みこにとい侍らんとてやかてよひはらはせ

けれはさまさま〜なのり出てつれなくてやみ

おもひなからへてみきくおもひは思ひしらすや

なといひの、しるをさま〜のいのりをしつつ

すかしのけなやみもすこしおこたり給ふ



【現代文】

かくて玉虫姫は、とてもお具合が悪く、悩まれておられましたので、

これは珍しいことであると、(回復するのを)待っていたのですが、何の進展も無く、

日を重ねても、(お具合は)重くなってゆくばかりで、誰も誰もが心配をして、

様々な仏様や神様にお祈りされていたのですが、

その効験も無く、どんどんお弱りになり、

時々気絶されるほどでした。それを看病していた蝉の右衛門の守(かみ)は、

夜昼と付き添って、我を失うほどの御悩みを、

如何にしようかなどと、思いわずらい、涙を流されているのを、

コオロギの局(つぼね)も涙ぐんで、

この御患いはただ事では無いと、

ケラの巫女に相談の上、巫女を呼んでお祓いをしてみると、

様々(な怨霊が)名乗り出て、


つれなくて やみにしおもひ ながらへて

みきくおもひは おもひしらずや


などと言い出すのを、様々なお祈りをしてみると、

姫のお患いのお悩みも、少し回復されてきたようでした。




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posted by サロドラ at 09:09| 書道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする