妙〜〜に御仏蘭西な空気が、周囲にまとわりつくように漂っていますので、10代の頃に初めて出逢った、ジャズ初心者向けのこの名曲のパリのエスプリ溢れる由緒ある物語りを。
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この曲の原曲は舞踏の巨匠 ローラン・プティの為のバレエ音楽として書かれた曲で、当時劇伴から映画音楽まで多数の仕事を仏蘭西でしていた、ハンガリー出身でナチスから逃れて亡命したユダヤ人作曲者、ジョセフ・コズマの手によるものです。
Roland Petit Joseph Kosma このバレエがもう本当に素晴らしく(この時点で涙が止まらん)、タイトルは『Le Rendez vous』(『約束』という意味)、この時点では歌詞はなく、ただメロディーとして演奏されていました。
つまり、この曲は元来インストゥルメンタル曲で、しかも芸術性の高い前衛舞踏の為に書かれた曲。
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まるでこの楽曲に触発される形で、作曲者のジョセフ・コズマの盟友、詩人のジャック・プレヴェールの脚本によって、名監督 マルセル・カルネの総指揮で映画が生まれます。タイトルは『Les portes de la nuit』(「夜の扉」の意味、邦題は『夜の門』)。
Jacques Prévert Marcel Carné VIDEO この作詞作曲コンビ、名監督の手による歴史的な代表作で、戦中の混乱期に生まれたパリ発の超大作名作映画、『
天井桟敷の人々 』原題 『Les enfants du Paradis』(「天国の子供達」の意味)の次作品として、
ほぼ同じスタッフで制作されています。
この『Les enfants du Paradis』はワタシ個人としても、とても思い入れが強くある映画で、20歳の頃にふと誘われて観て、その世界観、ジャン・ルイ・バローの無言劇、白塗りパントマイムに、なにか強烈に憧れたものでした。
この映画のせいで、その当時、一時期、ほんとにパントマイマーに成ってやろうかしら?とふと思ってたほど、です。
なにしろ言葉、セリフが無い、孤独な無言による身体表現劇、といふのがたまらなく、良い。
Jean-Louis Barrault ちなみに、彼の発案した技が80年代のマイケル・ジャクソンのステージで有名に成った『Moon Walk』といふ技で、高校生時分、教室の中で突然、ムーン・ウォークをし始める輩が、そこら中にいた記憶があります。
この映画を観て初めてそれを知ったのですが、その原型の技は劇中でしっかりと披露されています。
ここで重要なのは、ここに挙げた人々のストーリー、人生で最も重要な出来事が、第二次世界大戦に於ける、過酷な戦争体験と、ナチスによる迫害、独裁政治への強烈な抵抗、自由への闘争、、これこそが、これら作品群、彼等の数々の素晴らしい歴史を彩る仕事への、強烈な表現へのパワーに成っている事です。
自由。
ワタシが強烈に惹かれ、憧れたもの、、、、、とは、結局は、きっと自由への衝動が芸術上の美へと素晴らしい形で昇華されていたこと、なのでしょう。
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さて、話を戻り、『夜の門』。この映画は、自由の素晴らしさをナチス占領下で暗喩的に賛美した『天井桟敷の人々- Les enfants du Paradis』の大ヒット後、戦後直後に、ナチス占領下の地下レジタンスの活動時代を終えて、すでに解放された世界を描いたものです。
しかしここで、かの楽曲はやはり唯、モチーフとして演奏されるのみで、未だインスト曲ですが、劇中のセリフが、ヴァース(歌前の語り)として使用され、主役を演じたシャンソン歌手のイブ・モンタン自身によって、劇中セリフをヴァースにして歌われ始めます。
その歌詞は、映画の脚本を書いたプレヴェールみずからの手によって書かれ、ここで初めて唯のインストゥルメンタルから、歌のある楽曲へと変貌します。
つまり、この時点で、劇伴の曲から映画の挿入曲を経て、やっと歌詞付きの歌へと完成します。
これが大変に素晴らしい。
映画は単なるこの曲が産まれるきっかけに過ぎず、映画よりも、この曲の方が世界的な名曲として世に知れ渡る種がやっと産まれました。
やはり、この曲は、ジャック・プレヴェールの詩想と抱き合わせでこそ、真に美しい。
Juliette Gréco この曲を世にヒットさせたのは、同時期にレコーディングした女性シンガーのジュリエット・グレコですが、やはりイブ・モンタンによる歌、ヴァースの語りでこそ、なにかやたらと胸に迫る。
VIDEO VIDEO Les Feuilles Mortes 原詩 by Jacques Prévert C'est une chanson qui nous ressemble Toi tu m'aimais, et je t'aimais Nous vivions tous les deux ensemble Toi qui m'aimais, moi qui t'aimais Mais la vie sépare ceux qui s'aiment Tout doucement, sans faire de bruit Et la mer efface sur le sable Les pas des amants désunis まだ高校生で初めて聴いた頃、最初はジャズの生現場でよく歌われる英語詩でしか知らぬ、といふ状態で、なにか唯の"恋の追憶の歌"、としか思ってなかったのですが、プレヴェールのこの原詩は、単なる"恋の追憶"ではまったく無いところが、何よりも、素晴らしい。
それは特に最後の節、
Et la mer efface sur le sable Les pas des amants désunis そして海が、砂に残された足跡を消してゆく 離れ離れになった恋人達の足跡を
ここが英語詩では最後まで、もうただただ愛の喪失、追憶を歌う詩
But I miss you most of all my darling When autumn leaves start to fall でも私は恋するあなたの素晴らしさを寂しく想う 秋の紅葉が落ち始める頃に
….に対し、プレヴェールの詩想はもっと大きな暗喩性が意味深く、稀有なほどに美しい"詩"の世界として描かれている。
ワタシは自分が演奏し始めた頃から、随分と後になって、この原詩を読んだ時、あまりの素晴らしさに卒倒しそうになりました。
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普通はこの詩段のコード進行が、ジャズの和声に沿った即興演奏の練習用の良いモチーフである為、この部分の演奏法、解釈法などが、初心者向けのアドリブ・テキストとして、おそらく全世界中で"お勉強"されています(高校生頃のワタシ自身、そうだった)。
しかし、この部分の和声進行がもたらす心の世界、その音が暗喩している情景、心の景色まで、きちんと内面世界をアナライズ(解析)、知的に理解して演奏をしているジャズミュージシャンが、今の世界でいったい何人いるでしょうか?
ワタシが見渡すところ、ほとんど、いない様に見えます。
世界中でよく演奏されるジャズ・スタンダード楽曲、全部に言える事だけど、プロ、アマ問わず、こういふ事をまるで無視、…まるで無知なままに演奏する、ミュージシャンだらけです。
強く、はっきり、、と、言いますが、それは『音楽』には、なりません。
ジャズ屋さんって、『音楽』になってるヒトが、実は凄〜〜く少ないんです。
よくジャズは難しい…、なんて普通の音楽ファンの呟きが聴こえますが、それは、違う。
その多くは間違った"変な音”を聴いてるから、音楽に聴こえない、といふ哀しい単純な理由がほとんどで、前衛芸術や、抽象性への理解の難しさと、それは明らかに弁別されるべきものです。
それは中途半端な音楽構造上の知識を、振り回す、というよりも、それに振り回されて演奏しているヒト達で、
まだ高校生の頃、スタンダード曲をトリオ演奏するキース・ジャレットが、ワタシにとってはそうした事の啓蒙の対象だったのですが、彼があのスタンダーズトリオをやる時、dr.のデジョネットとbassのピーコックにした事とは、決して、和声やリズムのモチーフ提示、指示等ではまったく無く(そもそもその必要など無い超マスタークラスのお二人)、その曲の"歌の詩の世界"を、幾度も、幾度も、繰り返し熟読させ、読解させたそうです。
彼はまた、New york Timesの朝刊一面に、署名入りで寄稿し、現在のジャズ・ミュージシャンの姿勢、すべてに、反対、反論を展開した事があります。
それは例えば、マルサリス一派の様な輩、それに盲従する世界中に湧いている多くの勘違いジャズ屋さんへの、強烈なアジテーションだったけれど、当時、彼の発する言葉すべてに、いちいち賛同したものでした。
『文学』、がよく解らないヒトに、ジャズ、といふよりも、広義の意味での『音楽』は演奏できない。
歌を歌うヴォーカリストならそれは当然、だけれど(現実は非常に怪しい‥)、歌もの以外の、言葉が存在しないインストゥルメンタル楽曲を演奏する楽器プレーヤーですら、それは必須の教養、知見であり、もしもそれが欠如していたら、一体、音楽を芸術性としてどう演奏するのか?、、といふ事に、なる。
これは音楽ジャンルの問題では無く、ヨーロッパ古典から現代の全ての音楽全般を包含する、大きなテーマです。
ワタシが音楽を教えている
研究生に読書会 などを始めたのも、それが直接の原因でした。
(たぶん、初心者の子なんかは、音楽を、楽器を、演奏したいだけなのに何故、本、読むの?…なんてところが実際、本音だっただろうけれど。。)
本、言葉、詩が深く読めないヒトは、どんな音楽ジャンルであれ、真に魂の籠る音楽を奏でる、、その技が到底できない。。。
この楽曲の成り立ちを眺めても明白な通り、"音楽"は"言語"よりも遥か先行するが、実際の実技、演奏は、文学が、音楽に先行します。
多くの人々を普遍的に感動させる歴史に名を残す素晴らしいミュージシャン達は、音楽ジャンルを問わず、120%全員、非常に、文学的です。
文学理解の深さ、浅さが、そのままそのミュージシャンの奏でる音楽の深さ、浅さ、となっている。。。
世界を、音楽の歴史を眺めたところ、そこにズレが一切、生じていない。。。
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さて、断片のメロディーに過ぎなかったこの曲は、こんな経緯を経て、素晴らしいシャンソンの名曲へと見事に変貌しましたが、これがアメリカに渡った経緯。
最初にこれをアメリカ人で演奏したのは、ムード・ピアノなど、ライトなモチーフを華麗に弾くピアノ弾きの、ロジャー・ウィリアムズです。
歌ではなく、あくまでインストゥルメンタルとして、何か非常に華麗にもお仏蘭西な感じを弾いています。
Roger Williams VIDEO これはこれで、ムード溢れていて結構、良いけれど、あまり奥深い文学性等は無い気も‥。
しかし、お仏蘭西風に大袈裟な彼の演奏で、米国で大ヒット、アメリカ人がこの曲に飛びつき始める、といふ現象が起き始めます。
で、なにかこの曲の天命、運命なのか、最初はインストとして、そして歌ものへと、、といふ経緯で、今度はナット・キング・コールが、英語で、イブ・モンタンばりの歌を歌い始めます。
VIDEO 少し面白いのが、この頃に、日本市場向けに英語詩を日本語詩に、結構そのまんま転訳した様な歌詞でレコーディングしていることです。
VIDEO ん〜…………。。。。
どうせなら、プレヴェールの原詩を訳してくれ!おい!! …などと思うのであるが、まぁ、これはこれで、なにか微妙に、妙味(?)もある気も、少し、する。タイトルは『Kareha』…。。。(しかし、なんだ、この琴”みたい”な変な間奏は…。。仏蘭西、米国、日本、のカオス状態ではないか?)
まぁ、現代日本語詩への転訳自体は、意外と良い仕事だし、慣れない日本語を歌っても、ばっちりな発音で歌う彼のさすがなスキルはかなり驚き、ではある。。。
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…と、いよいよこの曲の名曲加減が、世界へ拡散し始めた訳ですが、とどめを差したのは、やはりこのトラック。ジャズ・ミュージシャン御用達の曲へ仕様変化した原因は、これで、ワタシ自身、高校生の頃に初めて耳にしたのは、この音源。
VIDEO これはキャノンボール・アダレーのアルバム、となってはいるが、実はレコード契約上の大人な理由で、実質はマイルス・デイビス自身のアルバムです。
これで、シャンソンの名曲、といふよりはジャズ・スタンダードの名曲、として世界で定着しました。
このレコーディング時の若き日のマイルスの心象、といふのがなにかまた文学的、詩的で、彼は映画『死刑台のエレベーター』の音楽を渡仏して、フィルムを観ながらの完全即興演奏でレコーディングします。
当時の米国での黒人の扱いとは酷いもので、人間扱いされない、下手すると簡単に殺される、などという強い軋轢を生きていた時代(今も本質は同じである)、いざ仏蘭西へと行ってみると、人間扱いどころか、もう格調高い芸術家、立派な紳士として、白人から遇される事に黒人連中は皆びっくりして、若い時代のマイルスも、これは相当に良い意味でのショックだった、、、と思われます。
しかも、この楽曲を最初に仏蘭西で著名にしたジュリエット・グレコと、いかにもパリらしく恋に落ちる、などといふ素晴らしい体験をします。
しかし、それは刹那な恋であって、帰国と共に終わる、妙味溢れる恋の世界。。
そんな他者には説明できぬ微妙な気分、、、それを演奏をすると、こんな名演奏ができた、、といふ。。
そして、早速それに乗じて、数々のジャズ・ミュージシャンによって演奏され始めます。
もちろん、こんな
ところ でも。。
マイルスは晩年に南仏に別荘まで購入して、「おれは、仏蘭西に住みたい。アメリカ、いや、英語なんぞを喋るのも嫌だ、fuck!!」などと呟いておりました。
どんな気持ちだったのでしょう。。
マリブ海岸の海辺に住み続け、南仏の海辺の別邸で暮らす事を夢見たその詩的な心情。
影のデビュー作と言える、この楽曲の最も美しいプレヴェールの詩節、
Et la mer efface sur le sable Les pas des amants désunis この言葉は彼の心に一生、深く響いていた気がします。
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実際、早々に仏蘭西移住したモダン・ジャズ草創期の黒人ジャズ・ミュージシャン、もいますが、
これはなにも人種差別問題、だけではなく、ジャズの本当の原郷が、仏蘭西にある、といふ、かなり深い音楽的な理由があります。
ま、これはまた気が向けば別の機会に…。
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…と、まぁ徒然に記す、かの名曲の歴史でした。 しかし文章が、長いね………今度から動画でやるかな。。