2017年12月23日


 さて、今年はお茶を飲んでは何もしない、という至上命題の年、その替わりに至高のチョコ創りに魂を賭けた年でしたが、、今年もあと数日に迫り、この2つの命題の合体型が、なにかクリスマスも近いせいなのか、そこら中を飛び交う天使にゆ〜らゆらと導かれるままに漂着してみると……


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 日本が誇る霊峰富士。

 その富士山麓にて採取された生ハーブのお茶が私の目の前に……


 ふぉ。。




 




























 世界最高。

 いや、人類史上最高。



 チョコプログラムのスピンオフ、との位置づけで、クリスマスの特別ヴァージョンのチョコがもう完成に導かれてるのだけど、このチョコにはやはりハーブ、それも生の薬草こそがベストである。

 チョコは薬なり。ハーブも薬なり。

 その最高の合体型でできたチョコに、更に最高のお茶も取り合わせ……。




 うひょひょひょ。





 私のフォースは上がりまくってきた。


 フォース上昇気流に乗ったまま、STAR WARS ep8を鑑賞。
 

 正直、ep7が往年のコアファンとしては微妙過ぎて、心配で夜も眠れないほどだったのだが、全ては私の杞憂であった。ディズニーよ、あなたを舐めててごめんなさい。よくぞ創って頂きました。


 もう、これはもう制作者一同が、おそらく往年の大ファンの業界人でスタッフを固めたとしか思えぬ、秀逸なオマージュ、特に初代ep4〜6への愛に満ちており、配役、シーン、の細かい随所に泣かせどころが、満載でありました。

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 特に私の微妙なツボを刺激してきたのは、女優ローラ・ダーンの登場。これはマニアにしか解らぬネタだろうけど、ep4が異例の大ヒットから続く初期サーガの完結ep6は、実は私も大ファンのD.Lynch監督が振る筈だったのですが、結局彼はそれをせずにやはり”ある種のフォース”が主題となる『砂の惑星』を撮影し、しかも大コケして、その後、ローラ・ダーンも主演する名作ブルーベルベッドを世に放ちます。

 キャリー・フィッシャーと共に、ある意味それ以上にその時代の感慨を想起させるローラ・ダーンの登場は、往年のファン、おそらく製作陣も、なにか暗喩的に心に響きまくるものがある。

 この人はep7の厄払いで出てきたのだろうか?と思わせるほどでした。

 しかも見事なベテランの味、演技。名脇役ぶり。撮影後に逝去したキャリーに寄り添うシーンは、最後のジェダイというタイトルに相応しい、何か泣かせるものが強くある。


 意外(?)な登場の仕方をするヨーダも、ここぞ、というシーン、セリフで決めてくれた。ヨーダはこうあらねばならぬ。ep1〜3ではなく、ep4〜6のヨーダはこの風情だった。


 
 こうしたシーンに、世界中のファンも皆、自分の人生の色々な出来事を重ねた、と思う。
 


 私は既に人類史上最高に到達してしまっている自作のチョコを頬張りながら、感涙してこれを観た。
 
  
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 ****


 さて、そのチョコであるが、シーズン3に成って以降、このチョコはチョコを超えてしまい、『食べて美味しいチョコ』ではなく、私の初期の望み通り『響きを聴いて魂を震わせるチョコ』に変貌してしまっている。


 このチョコを食べる、という行為がもう一つの瞑想、とも言える体験に成るほどで、『チョコ・ヨガ』とでも言いたくなるレベル。

 これは食べるチョコではなくて、響きを聴くチョコなり。


 いよいよ神の食べ物へと変貌してしまった、という場所に。



 で、さらに今回はクリスマスに因んだ、真実の愛のチョコ特別ヴァージョンを。

 salon d'Orangeなので、オレンジの香りがするチョコが出来上がっています。オレンジはヨーロッパの伝統では厄払いの効果を持っていますしね。


 これをイベントに参加された皆様全員にクリスマス・プレゼント。これはクリスマスにこそ真に相応しい。舌先に乗せたが最後、真実の愛‥つまりは内なる神が自分の魂に発動し、震える様な感動と共に沸き出す、という体験をする為の魔法のチョコだから…

 
 こちらも実はおそらく『8』が隠されたテーマとなっている、やはり"STAR WARS"なのである。


 


 私の特別な修練、修行を完成させつつあるのだ。これは、明確に音楽、芸術の修練であった。誰にも解らないだろうけれど……


 
 クリスマスの聖夜に、私はチョコで最高の音楽を”演奏”をしてみせましょう。


 だって、その響きを奏でた人は、まだ世界で誰もいない、でしょう…?



 
 


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2017年03月28日

君の名は。


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 私、計7回ほど劇場に足を運びました。個人的にこの回数は過去に経験ありません。しかも、全く厭きない、どころか観る度に、ここも!、あ、ここにも!!と常に新しい発見と感動だらけでした。


 まず昨年秋に、初めて観た時の衝撃があまりに大きかったのですが、アニメ作品、というより映像作品として、こんなに斬新で優れた作品は今まで観た事が無い。しかも実写映像で不可能な、アニメだからこそ出来る技、優位性をふんだんに使いきっている。


 まず、私の本業として見逃せないのが、音楽と映像の関係性、です。


 普通、劇伴の音楽制作は徹底して映像に従属する、そこに音楽家の技量が大きく問われる。最も面白く、難しく、真の音楽力が問われる仕事ですが、それは従来の映画音楽が『映像従属型』だからです。

 その場合、シーン、シーンでタイムのコマ何秒までのフレームに合わせ、人物やシーンの映像の真意、内面描写を作曲によって音楽家は描いていきますが、こうした手法、手腕をきっちり振るえる音楽家こそ真に総合的な技量、音楽力がある実力者です。


 しかしこの作品はそうした方法とは逆に、どこまでも"音楽に映像"が従属しています。前作「言の葉の庭」にもそういう部分があったけれど、今回は全編通して、かなり徹底している。今までの世界の映画制作の歴史には全く無い、前代未聞のやり方です。


 また、これを担当したRADWIMPSは確かにとてもセンスのある良いバンドだけれど、普通の意味での、そうした映画音楽を描ける音楽力などは失礼ながら、遥か、到底、無い。しかし、この方法を採れば、これは完全に成立する。

 初めて観た時、まるで私は「コロンブスの卵」を見せられた気分でした。


 これは音楽に映像の描写を合わせる『音楽従属型』の映像作品です。無論、コンセプトの提示に対して描かれた音楽ありき、ではありますが…。




 従来の映画音楽では、映像作家よりも音楽家側の実力を強く強制される事と逆に、この場合、映像作家側の実力と、それ以上に多大、膨大な労力を要求される。フレームごとに何枚も緻密な絵描くよりも、音をちょっと録音し直す骨を折るほうが労力としては簡単ですよ、そりゃ…(笑)。そういう、気の遠くなる様な膨大な苦労が、なんだか作品のシーン、シーンに滲み出てる気がします。



 この部分こそ、この作品の最大の、そして実質的な特徴、斬新性だと私は思いました。




 そして、この作品のテーマ。単純な恋愛映画では、これは無い。




 人間の中のある真実、それも描くことが大変に難しい真実を、実に巧みに描いている。それを日本の古来のアニミズムの世界をベースに、世界中の普遍的に解り易い場所まで表現を成功させている。


 この時点で、宮崎監督を超えている。宮崎監督の最も得意なフィールドで。


 宮崎監督と類似して、なお超えてるのは、あくまで現代の日本、そして超古代の日本を一直線で繋いでいる事。例えば神域のご神体の描き方にそれがダイレクトに現れている。


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 また、先の映像と音楽の関係性は、宮崎作品とは結局、久石氏のプロ中のプロの技術力による音楽で、その叙情が成立している。即ち、映画作りの従来の鉄則通り、定石通り。しかし新海監督は敢えてそれを逆側に引っくり返す荒技をやっている。


 私が特に感動して止まないのは、まったく何気ないシーン。

 山の紅葉の中を聖地まで3人で歩くシーン、

 東京のプラットフォームに電車が動く俯瞰シーン

 車道から観た倍速で光が流れる固定アングルのシーン

 朝起きた部屋の日だまりの光が揺れるシーン

 人物の背景の星空のシーン ………

  など「非人物の描写」なのですが、なんとそこで「人物の感情表現」を完璧にやってのけてる。


 それは風景であって、単に風景、ではない。 これも、今までのアニメでは観た事が無い。


 これは背景画、という観念で描かれてはいない。登場人物の顔や表情を超えて、背景の風景が人物の深い心の世界を語っている。



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 …と、まぁ、語るとまったく切りが無いほど、全てが素晴らしい。



 ストーリーの解説めいた事は、ネット上の皆様がしてる事でしょうから、私はしませんが、気がつきずらい部分の補足の一例を少しだけ。



 最初の方のシーンでユキちゃん先生が、「黄昏」の大和言葉の語源を古文の授業でしていますが、そこで「それって”片割れ時”やないの?」と生徒が突っ込みを入れ、この地方の方言では古い万葉言葉が残ってるから、とユキちゃん先生が説明しています。

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 しかし、"片割れ時"という大和言葉は現実には存在せず、これはフィクションです。物語りの仕掛け上の意図的なフィクションです。

 映像の中で言葉で説明はされていませんが、本当はこれは半月を意味する「片割れ月」という大和言葉を明らかにもじっています。ユキちゃん先生の台詞が敢えて「万葉言葉」などと、実際にはあまり言わない物言いで語らせている点も、この言葉のフィクション性を暗に語っている。

 魂の半分、心の半分、という存在の暗喩として、この言葉を援用して何気なく仕掛けておき、


 そして瀧が消えた糸守を探しに行くシーンで、『Half Moon』と描かれたT-シャツを着ていますが、月とは心や魂の象徴であり、半分に割れてしまった自己存在を「片割れ月」という言葉に、暗に何気なく込めている。もう片方の自分を探しに行く、というストーリーをそっと、暗喩的に語っています。


 映像作品として、アニメの宮崎監督と言うよりも、黒澤作品より凄い、と私は評価したいのですが、黒澤と共通し、似ている部分は、風景の"光"の描き方に対するセンシビテリティーです。2人とも登場人物の心の内面描写を、背景の光と影で描写するのが実に巧みです。この点でも新海監督に、私は栄冠をあげたい。これは手描きのそれも現代のCGアニメだから技術的に実現できた部分が大きい。


 例えば、三葉の印象的なこのシーン、影が顔半分に割れていて、先の半月の暗喩として描かれています。なぜ涙が…、と呟きながら、

 「なぜなのか?」を、顔半分で割れた光の陰影に無言で語らせている。



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 こうした方法で実に巧みな仕掛けが、山の様に仕掛けてあって、決してそれは説明的では無い。

 気がつかない人は素通りしてしまう。

 あえて理知させずに、しかし、まるでそれは詩のように、あくまで観客の"無意識の世界で感じる様に"仕掛けてある。


 無意識を刺激して観客を物語りに惹き込む、こんな巧みな仕掛け、創作者側にとっては非常に意図的、作為的な仕掛け、が凄く多い。シュールレアリズム・アートのように…。




 この物語りを陳腐だと思う批評家やアンチの意見を視ると、こうした部分を全然見れていない、と思います。そういう意見は、この作品をただのティーンエイジャー向けの恋愛映画だと見做している。





 事実、7回、映画館に足を運んで、客席の客層に私は非常に興味があった。封切りから年を超えて3月になっても、客足は未だ多く、普通の年配のおじさんなども、結構に観に来てる。たぶん彼らは、10代の観客とは違う見方、感じ方をしている。

 例えば、私のすぐ隣に座った高校生や中学生達は、私が感動する場所に、ほとんど心が揺れていない、と何度か思いました。紅葉のシーンや、糸を織るシーン、が本当は語っていること、に涙するのは、人生の経験を積んだ年配の人達では無いでしょうか?


 311の震災、熊本地震、そうした痛ましい経験をした日本人全員の共通の、人間の命に関する切実な願いや想い、などをこの作品は巧みに語っている。


 大切な人、家族との生き別れ、もしも世界がこうであったら…、という都度重なる大きな痛みを経験している我々の切実な魂の祈り、まるでこの作品はそうした切実な祈りを現実に叶えてくれるかの様だ。


 世界興行成績では日本映画史上トップに4ヶ月で到達した様ですが、面白いのは国内成績が、その時点でまだ4位だった事です。むしろ、ここに日本の悪しきガラパゴスの実態を視る気が私はしました。



 この作品、もっと劇場公開を引っぱってください。ぜひ世界の栄冠を獲って最高記録を残して欲しいですね。



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World Trailer


イタリア版(この作品が"言の葉の庭"のオマージュによって物語りが始まるのを、イタリアの人が一番わかり易いかも?)


スペイン版


インドネシア版


中国版 (これが一番編集が良いですな)


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 この作品で唯ひとつ、重大な残念なこと。それは、英語ヴァージョンに劇中歌をリメイクした北米向けヴァージョン。これは、大失敗です。あれじゃ、全世界中の人が観てる感動には繋がらない。RADWIMPSの野田氏は、読み書きの英語力はそこそこあっても、英語の音楽、歌への理解や力が完全に欠けてる。

 変な無理をせずに日本語ヴァージョンで、字幕で工夫して歌詞を伝えた方がスマートだったと思う。

 英語圏の人が観たら、せっかくの最高の瞬間が、あの歌じゃ、はぁ?で終わってしまう。ここはしっかりしたメンターが居るべきだった。4月から北米公開らしいから、これ、絶対なんとかして欲しい…。。

 物凄い作品なだけに、ここは寧ろ非常に残念極まり無いし、今の日本の音楽シーンの弱さ、ウィークポイントを計らずも大きく露呈してしまっている。

 英語ができなきゃ、日本語でいいですよ。日本語の意味がわからない人でも、その方がずっと感動する。


↑向こうの世評もどうやら同じ意見らしい…

 やはり吹き替え無しで、オリジナルフィルムに字幕版のみ、が最良ですね。



 はぁ…もしも、あれが英語詩の歌で完璧だったなら、この奇蹟の様な波でいっきに世界的なバンドに成れるかも知れないのにね…。




 日本のミュージシャン全員。ここは肝に命ぜよ。歌、に於ける言葉の深い機能を舐めては、世界のシーンは獲れませんぜよ。

 重大な課題です、な。


 RADファンの人には悪いけど、音楽人としてはここは大声で言いたい。世界で活躍するホンモノのアーティストがもうそろそろ日本から出てきて欲しいから。


posted by サロドラ at 06:09| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月13日

Odyssey


 やっと封切りに成ってるOdysseyを観た。

 STAR WARS ep7と比較するなら、もう比較ならないほどの素晴らしい出来映えだ。

 火星に取り残されたNASA隊員と、その生き残りを賭けた救出劇‥、というある意味、SWの宇宙的な壮大さと比べるなら非常〜に地味なプロットも、名匠リドリー・スコットの手にかかると、凄い作品に成っている。


 これは間違いなく、あの巨匠による、STAR WARSに対する挑戦状の様な作品だ。 

 おまえ、オレに勝てるのかよ?、と言う。


 そういう、永年の積み重ねによる職人技の強烈な意気込みを随所に感じる。



 ”宇宙の描き方”、これがもう段違いのレベル。


 極自然に見える火星の風景、そこで奮闘する植物学者の男の内面を捉える映像描写…。アングル、カメラワーク、平面画の画面構成や色調、それら全てが熟知された職人芸の境地、それも一見、地味で気がつかないレベルの、渋〜いディテールの積み重ね‥、と言える仕事っぷりで、1コマ1コマ一瞬の隙もなく描かれてゆく。


 そうした映像制作者としての熱意そのものを、まるで主人公の植物学者の火星での奮闘、それを支える地球の科学者の共闘に託している。

 モノを創る、ってこういう事なんだぜ、と。



 ぜひ、と言いたいが、往年のSTAR WARSファンの皆様には、こちらを鑑賞、比較検討(?)してもらいたい。。ディズニーの巨大資本のマーケティング戦略だけで興行収入を得てるSW ep7と、敢えてそれに対戦を申し込んだ、巨匠による職人芸の映像作品と、どちらが、初代SW ep4を最初に観た時の感動に近いか?‥と。。




 学生時代の若き日のルーカスが、"自由"をテーマにして自身の深い内面世界を描写した『THX 1138



 この低予算の短編作品を、膨大な賭けに出て初代SWに作品化した、彼のあの気合い、あの凄い映像‥。宇宙という膨大な"非現実な現実"をどこまでもリアリズムに描くのに、彼がどれほどの苦労、苦心をしたのか…。私たち世界中のSWファンが感動するのは、何よりもそこだと思う。


 THXのあのラストシーンがこう成るまで、どれだけの苦労、労力、そして失敗や挫折から作品を完成させる、まるで燃える様な心意気を賭けたのだろう‥?






 僕の大好きな70年代のあの西海岸の匂い。こうしてパーソナルコンピューターを日常化してる現在の私達の原型を創り上げた彼らの精神、夢、希望‥。


 

 あの頃のあの匂い…、いつもそれを感じるトラックを貼っておきましょう。


 このPVはもちろんTHX、そしてルーカスへのオマージュでもあります。そして、全員が西海岸屈指の若き有能な職人スタジオミュージシャンだった頃の、バンド・メンバー達のささいな生活の映し身‥と言える楽曲です。

"99" TOTO (1979作品)






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2014年08月08日

2つの真実の愛の物語


 ふと軽い気持ちで、最近のヒット作品2つを比較鑑賞しようと思って『アナと雪の女王』『風立ちぬ』を鑑賞しました。
…しかし、実際に鑑賞をしていたら、全然軽い気持ちで観れませんでした…。

 『風立ちぬ』は、宮崎駿アニメの最終章の様な作品で、他のどの作品よりも自身にまつわる「内面の物語」が描写されています。
 そして『アナと雪の女王』はCG界の宮崎駿(?)のジョン・ラセターによる円熟の境地の様な壮大なグラッフィックの世界です。


 ジョブスの産み出したピクサー社のCG作品を、個人的にはあまり好きではありません。プロットの薄さを、グラッフィックの綿密さで埋めているのが、いつもの特徴だと思いますが、今回の作品の背景画や、人物描写などが相当な技術進歩をしていることに、とても感心しました。それでも、やはり人物の表情や動かし方には、あれでも、まだまだ繊細さが無い。しかし、それでもCGの情報量は、それはそれは凄まじいものです。


 対して、宮崎アニメの、アナログな手描きによる人物描写は、やはり繊細で、顔の表情、手足の動きなど、円熟をも超えてる境地に思えます。


 さて、そんな映像技法を鑑賞しようと思っていざ観てみたら、特に宮崎作品は、いつも以上にその内面的な問題、文学性に、もう号泣レベルで感動させられました。


 この両作品とも、テーマは『真実の愛』の物語です。



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 アナ〜は、魔術の呪縛を解くのに真実の愛を描写し、風〜は、人間の生き方、一生を賭けた仕事、男女の愛、など人間の営為の全てを含んで真実の愛を描写しています。そして、さらに宮崎監督自身の人生経験への愛に溢れています。


 風〜のプロットの骨でもある堀辰雄の小説「風立ちぬ」を私は未だに読んだ事がないのですが、おそらく小説を超えて、純化された監督の思いを感じます。そこに強い感動と共感をしました。



 更には大正〜昭和初期の登場人物に、まるで自分の両親、祖父母達、、、実際に日本人が生きてきた心の世界を想起させられて、ファースト・シーンから引き込まれてしまいました。

 当時の日本人の、生活様式の詳細、人々の心情や、礼儀作法の美しさ、など、この現代日本から眺めるからこそ、その全てが美しい…。

 そして、死を覚悟の上でなされる密やかで慎ましい婚礼のシーン、自分の美しさだけを、自分の愛する人に見せて人知れず去っていく、菜穂子。


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 その心情の、なんていう美しさだろう…? なんていう美しい矜持(プライド)だろう?  なんていう清々しさだろう?

 恥ずかしながら、もう号泣が止まりませんでした………。


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 映像作品でここまで号泣させられたのは、他には唯1つだけです。

 ハッピーエンドで終わるアナ〜の真実の愛、以上に、古代ギリシアの物語の様な、悲劇で終わる真実の愛に、どうして自分が打たれるのかはよくわかりません。
たぶん、そこに真実、それ自体を感じるからでしょうか…。

 でも、ひとつ思ったのは、真実の愛、という過酷なものを支えてるのは、人間にとっての最高級のプライドだと思いました。



それは地上のどんなものよりも美しい…。





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m.s.s. salodora photo




p.s.…非常に興味深い……。後半部、ラセター氏、バラカン氏、素晴らしい御意見です!https://www.youtube.com/watch?v=6FfMsgWtyyc



posted by サロドラ at 00:54| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月11日

映画『Steve Jobs』


http://jobs.gaga.ne.jp

公開を待ちわびていました。
何しろ、私の最近の読書の中で結局リピート率が高く、もう興奮して何度読み返したか解らない程面白かったのは、ジョブスの自伝でした。その周辺関連のもの(昔の廃版本も含む)もほとんど通読し、その人生の全貌がおよそイメージできるのだけど、しかしどれを読んでも、やはり感動と元気が、まるで泉の様に自然に湧いてきます。


つまらない冷たいコンピューターを面白いコンピューターに変えた張本人、そして個人が個人の力を持つ世界に具体性を持たせた張本人、モバイルデバイスのあり方を変えた張本人、音楽制作、音楽産業の構造そのものを変えた張本人、、、こんな色々な張本人を結局、独りの感受性だけで実際にやってのけた、なんて未だに信じられない。


…その恩恵の基にできあがった素晴らしい作品がどれだけ世界中に沢山あるだろう?

 また例えば、個人が全く個的に制作し、こんな風に自分の心を直接、世界中の人に伝える事ができる世界。



 こんなことが成り立ち得るのは、直感的なグラフィカルユーザーインターフェース、タッチパネル・モバイルデバイスの世界的普及に全て依っている訳で、流行のsnsも「携帯電話」のままだったら今の姿には成っていない。

 
 その様な人物の感性の根源に、ある1冊のインドの本があるのも、何よりも共感します。

 これはこの映画では、おそらくほとんど描かれないシーンではないかな?と思うのだけど(また観てないのでわからん)。

 こういう部分こそ、彼をゲイツや、孫正義氏など、単なるテクノロジーギークや実業家と決定的に分け隔てる重要な核だと私は観ています。


 本、やっぱり読まないとね、駄目だと思いますよ。皆さん。

 人類を変貌させる程の強烈な哲学が生まれるのは、やはり偉大な本と、その実体験からだけです。

 
 さて、映像作品の出来映えを観にゆくか。わくわくだわい。



 ジョブスという人間の本質が一番生々しく伝わるのはこの映像。




  抜粋翻訳(意訳) 


 「病気の者(アホ社長)はアイディアを出せば作業の9割は完成だと考える。そして他人に考えを伝えれば勝手にそれを創ってくれると思っている。しかし製品化の過程でアイディアは変化し、成長する。その過程では5000の事を己の脳で考えることになる。そういう概念、思考、新たな問題、錯誤の過程で真に欲しい理想形を生み出す。その過程こそが奇蹟を呼び込む。」



 「今後コンピューターは単なる計算機ではなく、コミュニケーションデバイスに変容する。ネットとウェブは未来の社会に多大な影響を及ぼすだろうね。現在、通信販売のシェアはアメリカの2割程度だけど、ウェブに移行し何百億の規模になる。世界一小さな会社も、ウェブ上で大企業になり得る。今から10年先の未来から現在を振り返ると、ウェブの黎明期が刻まれてるのを見る事になる。コンピューターに新しい生命が吹き込まれ、凄い事になる。」



「子供の頃、動物の移動効率を記録した記事を読んだ。1kの消費カロリーを計測したの数値で、1位はコンドルで、動物達の中で人は下から1/3くらい。しかし自転車に乗った人を計測すると、コンドルを蹴飛ばして、ダントツの1位だった。人間はツール(道具)を創ることによって、その能力を劇的な増幅をさせる。人類史上、コンピューターは最高のツールだ。その創世記に、絶好の場所、シリコンバレーに生まれ本当に幸運だ。」




「人類が生み出した最良のもに触れて、自分の成す事に取り入れ、盗む。我々、最良のコンピュータ・テクニシャンが優れていたのは、音楽家、詩、芸術、生物学、歴史学、の世界最高の知識を持っていたことだ。それをmacにつぎ込んだ。別分野で触れた最高の先端芸術とともに。視野が狭いとそんな事はできないだろう。」



「私が共に仕事をした最高の人々は、コンピューターを創ることを目的にはしていない。それは道具の為の道具でなく、本当に他の人と共有したい感情を伝えるためだ。昔の時代なら別の方法をとっていただろう。何か言いたい事をこの機械を使って言えるだろう、と気がついたんだ。」






posted by サロドラ at 22:49| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

プロメテウス


先行上映のプロメテウスを観た。

リドリースコットの最新作の先行上映を3Dでやはり観ねばな、などと思って観たのだけど結論としては、これはおそらく英語版3Dを観るのが最良なり。

3Dは字幕版を見るのはやはりきつい。でもこの吹き替えはちょっと稀に見るひどさだと思う(この声優陣は本当にプロなのか???)。

そういう訳で映像美と、オリジナル音声で3D。これが最高。

ストーリーにもちょっと何癖つけたくなる気もするけど、ま、それは良い。見所はやはり巨匠の映像の素晴らしさと、H.R.ギーガーの暗黒グロいデザインですな。当然ながらこれはもう最高。これは3Dで存分に楽しむ価値あり。

***

えーと、明日、読書会USTやります。
ホストは巡り巡ってワタクシです。
PM6:00からね。ciao.

http://www.ustream.tv/channel/salon-d-orange-live


posted by サロドラ at 02:24| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月29日

film monk


 最近は日々のトピックを特にブログに書くという気分でもなく、ふと見ると今月初ですね。

 どうも個人的にネット離れ傾向ですね。しかしそうは言っても環境ばかりはどんどん進化もしていて、facetimeは試すはlogicool Vidは試すは、my iphoneには電子書籍がどんどん増えるはハイテク化は止まりそうにありません。

 あと、映像を撮影してみていて思うけれど、やはり肉眼で見て五感で感じたままを映像に封じ込めることなど不可能だし、映像上の世界はもうそこで完結したバーチャル世界だということ。その差異を最初から意識して映像世界に入るとそれはそれで面白い。

 しかも今月は手違いから10日間がまるまる空いたせいで、年末にライブ用に入手した100inchサイズに映像を投射して、毎晩毎晩、映像作品を見るは見るは…。修行僧の様な映像三昧にふけっているという…。

 自分の好きな映画監督、キューブリック、リンチ、ジャームッシュ…などなど大画面で鑑賞し直すと、もう全然違う映画にすら見えます。今までの印象と全然違う。

 それで自分的再発見版、最優秀作品は……………………

 黒澤明『羅生門』です。なぜ氏が世界の一流映像作家に絶大とも言える影響を与えたのか、やっとしみじみと理解できた。『七人の侍』などは回顧イベントで渋谷公会堂の大ホールで見たりもしたけど、多くはリアルタイムではないので15インチくらいでしか今まで見てない。

 大画面で堪能した羅生門はホント凄かった。人間描写、自然描写、特に森の風景の陰影など最高に美しい。また人間の内面を映す表情の陰影など、黒澤以前には無い様な深い人間の内面描写に成功している。また墨液を水に含ませて降らせた、という逸話の廃墟の羅生門の雨のファーストシーン。本当に美しい。

 100inch画面で見てると、本当に自分がその風景に溶けて、そこに居合わせているかの様なバーチャル感がある。

 あと逆に、iphone4sの画面でいろいろ見ると、これがまた全く違う作品に見えるくらい良い意味で違う。解析度が高く、今まで闇にしか見えなかったシーンの部分が凄くよく見える。リンチ作品なんて最高です。iphone4sで見る個人的最優秀はリドリー・スコット『ブレードランナー』でした。これまた今やSFが現実化してる面白さを感じて血が騒いで仕方がない(笑)。


 ところで羅生門、羅生門効果という言葉すらありますが、あの作品のいくつかの語られるエピソードに、本当の真実がどれか一つあるのだけど、どれが真実か皆さんわかりますかな???


***


ps
 ところでおれもあり得ない眠り方をする方だけど、こいつは…(笑)。












posted by サロドラ at 00:00| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

another world

 この時期、毎年ながら気が重いカクテイシンコクをやっと終えてとりあずほっとしました。まったくミュージシャン他 芸能人他 自由業の皆さま毎年お疲れさまなことです。


 ***


アバターは2dで観てxpand 3dで観て、今度は近場にdolby 3dができたらしく試しに観ました。

 x pand 3dは画面が暗いし眼鏡は重たいし、全然しっくりきません。2dの方がマシな気すら…。。。

 imax 3dが噂では一番良いらしいけど、日本には3館しかありません。昔、imaxシアターで3dの恐竜もの短編映画を観たことがあって、3d効果は凄く良かった記憶あり。モノが飛んでくるシーンなんか思わず顔をよけたりとかして。やっぱこの長篇はimax 3dで観たいですね…。

 …などと思いながら、dolby 3dを観たら今度は予想に反して非常に素晴らしかったです! イナカの平日の映画館って、信じられないくらい空いて、ホームシアターこれ?という感じです(笑)。で、いろいろ席を変えて観てみたら、ちょうど3d眼鏡の視界サイズの枠内に画面がピッタリと映るポイントが最高の臨場感だという事を発見して、鑑賞。こりゃ凄い。極楽。(およそ前から4,5列目の真ん中の席です。字幕の入らない吹き替え版をお勧めします。) 
 

 で、結局3回アバター観たのだけど、たぶん全国にこういう人、多いと思います…。僕ら日本人ってこういう機械フェチな観客多いから。興行成績、上がるよねそりゃ。3dだけで3種類、2d上映も…となると4種類の上映方式で、これが本当に全然違います。


 ***

 私はもう何十年も夢日記をつける習慣があるのですが、なんか昨夜の夢は、時代が昔か何か100年くらいは前の時代。

 ヨーロッパのようなどこか。山の中にいて断崖を登ったりしているのだけど、印象に残ったのは、雪が積もったその山道をスキーボードで走破してる途中に、少年がいて「自分は父母はもう亡くなってしまったけれど、ここで彼等と会えるよ」と教会(?)のような場所を西日のオレンジ色が染める雪景色を背景に指した。その言葉には、何処か『祈り』がこもっていて心にとても沁みた。そこで目が覚めた。

 いつも夢を観て目覚める直後は、ほんとにその世界に自分がいて、またこちらの肉体の現実世界にひき戻される感覚がある。夢の世界も本当にリアルな、痛みもあれば快感もあれば、色も鮮やかな、それこそ3d映像を超えるバーチャル体験だ。

 まるでそれは映画アバターに出てくる、あのアバターにシンクロする体験にそっくりです。

 こりゃ毎晩アバターにシンクロしてるようなものか???(…面白すぎ、オレの夢。。。)

 こう考えると、一生の1/3をこの夢のバーチャル世界ととも生きてる訳で、その中の登場人物や風景、景色は、現実と同じか、それ以上に情感がこもった、それはある『現実世界』なのです。

 だいたい実際の目覚めた現実すらも、実は心のフィルターを通して私達は個々の経験をしてる訳で、そういう意味では同じ場で共有してる同時体験すらも結局、個人固有の体験でしかなく、実は誰とも共有不可能なのです。

 『私』を経験できるのは私以外には存在しない。同時体験ではない共有不可能な個人的な夢見体験と、それは体験の本質では同じです。

 ま、考えると当たり前のことなんだけど、でも凄い事ですね、これ。

 人生とは2重の現実世界を生きてる一つの映画である…、アバターという映画のもっとも巧妙な『仕掛け』はここにあります。

 アバターにシンクロして体験する原住民ナヴィの世界は、我々の深い意識の深層世界と同じで、あれは最後に現実世界(=地球)が破綻し、深層世界(=パンドラ)で蘇り再生する完結をしている。この映画は実は恐ろしい映画で、理性による意識の深層への憧憬が、最後に現実を壊し、圧倒し、再生するのです。

 やはりこの映画は、3d映像以上にそのプロットの精巧さに凄さがあります。単純そうで実は全然単純では無い物語なのだよねこれは…。

posted by サロドラ at 23:24| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

Avatar


http://movies.foxjapan.com/avatar/
http://www.avatarmovie.com/


 映画『アバター』を観た。ただ3D映像を期待して、ストーリーは全然期待せず観たら、完全に予想を裏切って、もうストーリーが素晴らしかった。この何年かの映画では間違いなく最高の作品です。

 先日逝去した哲学者のレヴィストロースが観たら歓喜しそうな気がする。

 まるで『悲しき熱帯』のSF版というべき内容に驚いた。

 これ1994年に構想したらしいけど、その先見性は凄いね。そして今発表する映画としても完璧なタイミング。

 この映画、環境問題、文明観、人間観、存在、生命の輪廻、戦争と平和、人類の文明的回帰、そういう深いテーマを実に巧く作品化してる。

 しかも初の3D映画で!!! CG処理やサラウンド音場などの技術も極まりつつあるね。。

 ハリウッド映画でこんなに感動したのは久しぶりです…。

10111.JPG

 皆さんこりゃ必見です。これは映画館で3Dで観ると最高なので、上映館を選んで御覧くださいまし。


 あら、こういう記事も。
 http://www.cnn.co.jp/showbiz/CNN201001120028.html

 そりゃこれ、精神とか意識からすると実に深く巧みな仕掛けが成されてる物語りだからね。。世界が逆転する哲学世界を知らない人がこれ観たら、鬱になるのも解ります…。それくらい作品の力が凄いってことですね。 


posted by サロドラ at 00:00| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月27日

sukiyaki western django

http://www.so-net.ne.jp/movie/sonypictures/homevideo/sukiyakiwesterndjango/


 三池監督のスキヤキウェスタン(!?)『ジャンゴ』を観ました。

 これまた素晴らしい傑作!なんというか「映像作家魂」を感じました。


 私は日本映画ファンでは無いのであまり知らないのですが、三池作品に友川かずきさんが出演、という話題でこの人の名前を知りました。


 映画の内容云々は実際に観ていただくとして‥、私の目を惹いたのは、題字書です。背景美術にまでに及び全編、同じ人の手によるものだと思いますが、もの凄く良い仕事をされています。


 我々はさすがに線を観ただけで、誰が書いたのかすぐに解るのですが、最近、雑誌やマンガなどで若手書家と自称してる人が書いてるものがよく目に止り、その線や結体の悪辣さ加減に、正直、心底げんなりしてしまい思わず目を背けるのですが、この仕事をされた方は、本物です。私は各所に散らばるその人の書に目をぐいぐい惹かれてしまいました…。


 テロップには「岡本美香」さん、とあります。


 デザイン書とか言って馬鹿げたナメた書を書く人が多い中で、こんな人が居るのだな、と嬉しくなりました。


 三池監督という人は、友川かずきといい、この人といい、本物を良く解ってる人ですね。感服いたしました。タランティーノも良い味を出してました(笑)。


 こういう作品こそ、世界に出で欲しいです。




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posted by サロドラ at 04:48| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

INLAND EMPIRE



http://www.inlandempire.jp/index_yin.html

 …観ました。遂に観ました。この2年待ちに待って、カンヌで好評を博し、東京では封切りに成ってる噂を固唾を飲んで待って、更に待ってやっと観ました。

  



     …凄すぎる…。






 本物の天才の円熟の境地とはこういうものなのか?

http://www.davidlynch.com/

 この公式サイト上で3疋のラビット映像を観た時から、これは凄いと思ったら、完成品はそんな凡人の思いを超越した更に凄いものでした。今迄のLynch作品のエッセンスの全てを最高レベルで集結した3時間(!)でした。観終わって、しばらく呆然として、その後に無性に笑ってしまった。



 新たなチャレンジが随所にあり、映像も全てデジタルなのだけど、デジタルの薄っぺらに画質が、本来はリンチ作品に絶対合わない筈が、その静止画の質感の薄さをリンチの才能の塊が、凌駕してる、そこにまず驚きました。

 映像特典のLynchのドキュメンタリーフィルムも、公式サイトで垣間見たものを更に深めていて興味深い。印象に残ったのは瞑想に対する彼の哲学と、それを創作ワークとリンクさせる方法論。



 例えば彼曰く、

 『普通は良い創作には苦しみがともなう、と考えられている。しかし、それは作品にその苦しみが映し出されてしまう。楽しい事、楽しむ事に直感で追随し、行為そのものを楽しめば、それが良い作品を生み出す。行為の結果ではなく、行為それ自体にこそ、喜びの源泉があり、その結果、良い創作品が生まれる。』

 これはインド哲学の究極、カルマヨーガを想起します。
 
 これと全く同じ事を、今年のpat martinoの来日インタビューでも、pat氏が発言されておりました。

 『自分の全ての行いに於いて、今、この瞬間の行為を全霊で行うのだ、』と。


 素晴らしい最高の結果を、実際に出すお二人が言う事なのだから、これが事実〜リアリズムなのでしょう。
 
 きっと、世の中の多くの結果が出せない人というのは、これと逆に、結果の為に行為をしたり、行為の充実を無視して、結果の果報ばかりを考える人でしょうね。

 そして、世に結果を具体的に出す人というのは、結果ではなく、行為そのものに喜びの実質を感じる人なのでしょう。


 ま、兎に角…、おそらく現代映画史、芸術史に残る、物凄い作品を鑑賞しました。リアルタイムでこの作品を観れる事を心底幸せに感じます。



 ps 全然関係無いけど、ネットで拾ったネコ画。なんて愛いやつ。


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