2018年03月25日

サロドラな日常 10周年 Frank Cornellisen-Contadino


 今日で、このブログの記事を書き始めてから10年。

 最初はwebサイトに書いてた『気まぐれ日記』から移行した形だった。

 初記事はグルメで始まったので、グルメ・ブログに成るのか?と思ったら、そうでもなかった。

 初記事に記した、昼間からふとワインを飲めるお洒落なお店は既に無く、風の噂ではとても素敵なオーナー女性のYさんはイタリアでワイン修行をされているらしい。きっと、今でも素敵なままだろうな、と思う。


*****


 この節目に、なんとなく変遷を戯れに回顧してみる。


 これを書き始めの時代は、SNSはそこまで興隆してなくて(既にあったけど)、世間一般はブログ中心だった。

 この理由は凄く単純で、htmlでwebページを作るよりも誰でも気楽にネットの世界に文章や画像で飛び込める、から。コメント機能やリンク機能も現在のSNS的な要素を含みはじめたのは、この当時頃。ちょうど少しばかりネット人口も上がり、動画サービスも本格化し始めた頃。



 ここからの間に飛躍的に変化したのはスマホのほぼ完全な普及で、この変化こそSNS興隆に繋がった現実的な理由だ。

 これも思えば極単純な理由で、パソコンよりも扱いが簡単で、どこの誰でも簡単にネット世界に能動的に入れるから。



 してみれば、こうした変化の本当の原因は、iphoneの登場と普及、という事に尽きる訳で、S.Jobs、彼の感性が全ての原因とも言える。

 彼がもしも指で触る直感的なGUI(グラッフィック・ユーザー・インターフェース)に仕上げる方向に行ってなかったら、スマホはPDA(電子手帳)と同じ運命を辿っていた可能性は大きいと思う。ところが、世界の在り方は激変。

 原始性を持ち、生理欲求に叶った直感的な簡単操作、という事がいかに大事か、という事を難しい操作に慣れてるIT業界の人は、ほぼ気づいていなかったけれど、彼だけが違っていた。

 pcの普及も、最初にGUIを持つmac osありきで、windowsを経由して一般普及だった訳だから、まったくスマホも同じ運命を辿っている。

 そして、彼はもうこの世にいない…。





 twitterやFacebookなどは、このブログを書き始めの当時、まだ日本のユーザーはとても少なくて、やってもみても一体何が楽しいんだかよく解らない、っていう意見が割と多数派だった。

 で、スマホが皆に行き渡ったお陰で、この10年で興隆して、今はもうSNS疲れによる、離脱者や逃避者の方が寧ろ多い今日この頃だと思う。

 インスタなども、最初はiphoneで写真を撮って編集する便利さに驚いて、世界の誰かが瞬時にそれを観る、という新しさに夢中で飛びついたものの、自分の場合は、facebookが買収して日本で流行るよりも前にすぐに飽きた…。

 初期版はコメント機能が無くてSNS的では無かったけど、あっちの方が好きだったね。いいね!を無理に押し合う心の苦痛感も無く。


 たぶん、今はもうインスタ映え主導で行動する人よりも、スマホを鞄にしまって、生の対話の大切さや、生の五感で感じる気持ち良さ、に翻ってみて目覚めた人、というのが世間全般ではスマートな人種なんだろうな‥と思う。

 SNSは形を変えて、より気持ちの良い方向へと進化するだろう。今のプラットフォームは残らない。万人にとって単純に不快指数の方が高いから。プリンストン大学の研究がそんな試算を出してたけど、まぁ正しいだろうな、と思う。



 今、感性の尖ってる世界の人達のしてる事は、生の体験の差別化、リアリティーの復興と回帰、それがメインで、そのカウンター側に凄い次世代テクノロジーの萌芽の着実な準備期間、という地図に成っている感じがする。



 まったく、諸行無常。


 

 私の単純な予想概論では、S.Jobのいない世界では、もうこうした種類の本質的で劇的な変化は、おそらく当分は無い。次の本物の天才が来るまで。

 見渡すと、まだいない…。


 いなくて良いのかも知れないし、そのこと自体が、世界をしてまったく違う概念や世界観に気づく予兆なのかも知れない。


 きっと天才は予想もしない方向から突然、やって来る。だからこそ、天才は天才なのだ。



 そういうものを見分けるのに、一つの重大な指針は、子供が直感的にそれに気づく、という事。小学生や中学生の直感的な臭覚が、最も鋭い。

 いつの時代も、若者が夢中になるものは次の時代を創る正しさを持っている。

 子供や若者が、率直かつ素直に面白い、と思えない様なものは、オワコン査定をしていい、と思っている。


 思えば明治維新から150年経ったけど、指導者も断行者も全員、10代や20代だったから次世代を創ることが出来た訳で、老害を倒してなんぼだろう、と。
 
 老害連中には似ず、近づかず、という姿勢でいよう。オレ個人は。

 だいたい今や30代で既に老害化も。。そういうの、ほんと、大っ嫌い。

 
 ばっさり斬って終わっとこう。
 
 
 精進×∞ のみ在れ、おれ。




********


消えていった、私の初期インスタ映えでも貼っておくか。。

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これ、初記事のyさんが使用してた焙煎ロースター。別のお店で今も。

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*****

 思えば、初記事のワイン、これはその後10年のオレの軌跡を見事に預言していた訳だな…。

 Frank Cornellisen ー Contadino












posted by サロドラ at 15:33| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

2018 "戊戌"  その真意、そして神意




明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします


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 今年は戌です。十二支は動物のことではない、という事は当ブログの愛読者の方にはもうお馴染かと思います。


 さて、今年の戌年。漢字学上の通説としては、戌は鉞の形の象形である"ホコ"に、横棒を一本入れた文字であり、この横棒は稲などの植物を表し、鉞で植物を刈り取る象形文字である、との事です。

 …が、、、、実は、この戌の文字と十二支の関係性は、この通説で全部を説明できている様には思えません。

 私が常に準拠している白川学説によっても、この戌の真の詳しい大意はあまり詳しい説明がされていないのです。ネット上を眺めても、種々の珍説すらも多く現れていますが、解らない事は、あまり妙な類推だけで断定すべきでは無い、との立場をとりたいものです。


 しかし確かな事は、戌の外径部位は、確かに鉞の形であり、この鉞は多くの漢字の旁に表れています。

 その代表的な漢字では、"成"という字。これはこの鉞に二本の紐をかけて儀礼をしている象形で、この鉞は、氏姓を名乗るに値する殊勲などを得た者が、王権からこの鉞を賜り、それに紐をかけて儀礼をして、まさに『成り上がる』祝いをしている文字です。この鉞部分だけを象形化した字が、"氏"です。

氏ー成ー戌 どれもこの鉞の表意文字である、という点は揺るぎない学説と思われます。


 
 古代中国の思想として、戌と亥は、十二支の最後を飾る象意であり、酉で全ての収穫の喜びを得た後の終焉、終わりの哲学を帯びています。

 それは完成であり、終焉であり、また新たな生命が宿るサイクルの胎動でもありましょう。


 ここに非常に深い哲学を観ることができます。


 終わり、生命の死、それを『生命の完成』と見做す思想、それがこの戌と亥には間違いなく表れているのです。


 インド哲学に喩えるなら、破壊の神、シヴァ神の思想にそれは非常に類似しています。しかもかの国では、創造、維持、の神よりも破壊の神、シヴァ神は最も民族の色濃い思想、哲学として、民衆から最も高い崇敬を得ているのです。

 我々、日本人の感受性にはない、非常に深い、そしてどこか畏ろしい、インド〜中国の大陸の思想の色濃さがここに表出しているのです。




 さて、今年は。


 昨年の収穫の喜びが終わり、生命から眺めると終焉、しかし、それは未来の胎動を生み出す、実は母体。それを生み出し、刈り取る年です。

 
 十二支の中で実は今年は最も重要な年です。そして格調の高い年です。


 大きな修練を人生で既に成し遂げている中年以降の方は、今年、ある位階を得る準備などをするのに相応しい年です。


 今年は全てに於いて、格調の高さを求めるべきです。


 その格調とは、この世界の全体像を知る造詣からだけ、得る事ができます。見せかけの華やかさ、きらびやかな高級、とそれは違うのです。

 
 今年に必要なのは『本物の高級』です。



 リアルな本物だけが顕れて生き残り、表面的で見てくれだけの力無いものは破壊されます。


 そういう、偉大で、畏ろしい年です。




 ***

 我が日本では、これも偶然なのか天意なのか、それとも深い意図的な計らいなのか、やはり来年に天皇が退位なさり、平成の元号が終わり、新たな時代が始まりますね。不思議なものです。

 
 平成はバブルに始まり、それがぶち壊れてミレニアムが始まり、思えば地味で暗い昭和に比べると、とても華やかで良い時代だった様に思います。
 
 
 "平成"という時代に思いを馳せる、今年は最後の年ですよ。




posted by サロドラ at 09:09| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

2017年のカウンターライン


 ……さて、わたくし、cloud化してたEメールを、もうこの数ヶ月間放棄。巷で皆様してるlineなども拒否。facebookなどはザッカーバーグの裏のにやけ顔をつい連想して、吐き気するほど嫌い。でもsnsがそれほど嫌い、って訳でもない…。

 、と、云う状態ですが、どうやら私、真実の愛の追求期間で、なにか奥義とでもいう事を悟ったところなども、かすかにありまして…。

 関係者皆様、ご迷惑をおかけしているかと思われます。これも人類の人文学に寄与する人体実験行為と見做しどうぞお許しください。





 …んで。






 非情、…いや非常に、気持ちいい。
















 もう数年も前から、海外のリゾート地などでは通信困難環境を売りにして人気を集めるホテル!、だとかをよく見かけますが、


 あ、おれ、今 通信無理だから。



 …と、プールサイドで、山盛りフルーツでも食いながらカクテル飲んで、何も考えず太陽を眺めては泳ぎ、読書でも…。
 んな、贅沢なことをしてるセレブの人達も今どき世界中、非常に多いかと思われます。

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 で、この『通信困難とはどれだけ気持ちいいか?実験』の数ヶ月…。。







 ……… こりゃたまらん。。。




 気持ちよ過ぎるぞ、おい。。






 今の高機能情報社会の世界を人類としては史上初めて体験している訳で、まだ、その本当の緻密な検証は社会学的には出来ていません。その新しさにこそ面白さもあるし、だいたい空想としては、私自身ハイテクはとにかく無類に大好きである。


 しかしインターネット最初期のエレガントな空想は、やはり空想で、いざそうなってみると、空想とは全然違う現実も露呈してくる訳で…。




 まぁ社会学、脳科学、生理学的に難しく説明もできるでしょうが、それは私の仕事では無い。


 人間のコミュニケーション。特に、心の世界の交流。


 明らかに人間はキーボードの前で、心のチャンネルが何処か捩じ曲がってしまう…けれど、見たところその事実に、多くの人の自意識は全然存在していない。

 このせいで、おかしい人では無い人が、完全に頭のおかしい人になってる例も眺めると実に多いし、結局はそれが原因、遠因の犯罪さえも多発している。




 効率化や便利のみを求め過ぎると、何処か人は愛を失ってしまうのではないかしら?




 ふと我に返り世界を眺めてみると、美学が強烈な明快さを持って確立してる人…、例えばギャルソンのデザイナー川久保玲さんなどがfacebookなどを安易に利用する姿は想像すらも出来ないし、彼女は宣伝媒体のwebすらも真っ向から否定する姿勢をずっと貫いている。作家の村上春樹氏はたまにネットに企画物で登場はするけど、未だに公式webなんて無いし、snsもきっとされないでしょう(隠れてしてそうな気もするが…)。だからこそ頑に作品を電子書籍化をしないのかな、と想像します。まぁ春樹作品の電子書籍化はした方が良いと個人的には思いますが…。

 さらに、もしもマイルス・デイビスが生きていたら…?(なんだか言うまでも無い。。…が、twitterにshit,fuck!とか、たまに呟いてたりして…w)




 …そういう訳で、私に何か御用のある方は、お急ぎの方はお電話、お急ぎで無い方は、ご面倒乍ら必ず自筆手書きのお手紙にてご交誼くださいまし。

 本当にできるなら伝書鳩など良いですね…。飛脚…、いや、瓶に入れた手紙を海に流して波で漂着するのを延々と待つのも良いかと思われます。(これはジョークではありません)


 なんだそれ、あほか、面倒くせ、…って方は、どうぞご遠慮無く私めなどは無視してください。



 すみませんが、どうぞよろしくお願いします(- -)。

 2017年のカウンターラインは、1970年代のカウンターラインの夢想した姿とどうやら真逆に成った様です7。

 私の宇宙大の作業環境はこれで完璧になりました。








posted by サロドラ at 01:23| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

喜びの年のはじまり Åγαβαμβι



 私の年始年末の儀式である魂の旅路は、真実と本物を追求する申年閉幕式に相応しい、日本最高の蕎麦求道者の本物の匠の世界を堪能して締め。

 この生き生きとした喉越し感。その無駄の無さ。フラットさ。飾らなさ。本物って、虚飾も無駄も一切、無い。


 できれば、こういうものだけを毎日喰っていたい…。。


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 で…、、独自のフルータリアンおせちを考案して、昨年の真実の追求の副次効果(?)で、生まれて初めてやっと嗜めるようになった日本酒で酉年を迎えるなり。



 そして、これもまた生まれて初めてNHKの紅白を全編通しで観た。

 J-popに興味無し。TVに興味無し。メディアソースに興味無し。で永年過ごしてる私であるが、なぜか今回はこれをじっくり観なければならん気がして。。…これが結果、非常に面白かった。


 この数年ほどは、旅先のホテルでほんの少しだけ齧り観て、こうした日本の音楽シーンの片鱗に自意識無しに寄り添ってる自分に心底絶望しながらも、その動向だけでもチェックするか‥、と思って観たら、やはり超絶的な絶望のどん底に突き落ちる事を繰り返し…(泣)。


 きっとTVもNHKも、この時代の変化に必死でもがいてるんだろうな…。もうTVの時代そのものが20世紀と共に既に終わりを告げたのにね…。その様がシニカルに面白かった。


 …だけど、そういう皮肉ではなくて、文句抜きで最高に素晴らしかったのは、林檎である。

 さすが林檎なり。と、オレンジのさろどらサマがフルーツ類の親類としてつぶやかしてもらおう。


 世界の最先端音楽シーンではとっくに旬を過ぎたエレクトロニカなメイキングを盛り込んだものではあれど、真摯にそれらを取り込んでいく貪欲で前向きな姿勢にとても好感を持つし、何よりも、屋外の生放送で、こんな仕事を成し遂げたスタッフ全員の仕事っぷりの素晴らしさ!に尽きる。こんな素晴らしいものを観ると、日本も、日本人も、捨てたもんじゃないぜ、って気になる。


 都庁をプロジェクションマッピングで彩りARの虚構空間を産み出し、無数の背景人物を操り、まるで震災などの悲しみに喪に伏す様なファッションデザインといい、20:16〜20:20の東京五輪に掛けた演出といい、そして、楽曲もスタジオヴァージョンとは雲泥の差の精気のあるアレンジ、演奏、歌唱、そして林檎の詩才だったと思う。




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 しかし、私の目を強烈に惹いて離さぬのは林檎の横のÅγαβαμβι←この文字一体どうやって打つんかい?)様お二人!!!

 その強烈な美学。この映像の中で、もう既に最も世界を席巻している才能は、実はこの御二人だ。しかも夫婦(いや、これは"婦婦"か?)とは!?


 すぅごいぞぉぉぉぉぉおお〜〜〜〜〜!!!!!!
50853137762477☆★☆★☆



 …こういう御人とはぜひ御仲良しになりたい…。。。
 

 酉年を迎えるに相応しい鳥肌が立ちまくりましたわい。




一応釘刺しとくと上記動画に法規定上の違法性はありません。JA○sR○句よ、法規定条文解釈上はこういう著作権法の抜け方もあるんだよ。

Åγαβαμβι Ayabambi 椎名林檎 紅白 2016 青春の瞬き 動画 Ringo Sheena 東京事変

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 …さて年を明け、いつも通り、早朝の早々にそうそうと出かけるおれ。

 今年導かれたのは、もう此処しか無い、という申年究極のエネルギーが満ちまくっていた場所。それが、一体どこかは例によってここには記さぬ。


 今年の全ての出来事は、ここから湧いて出てきていたのでは無かろうか?と、個人的に思ってる場所へ。



 そこに特殊な水があります。



 それは日本の書聖、空海。彼が空海として世に立つのに必要な力の最終準備、最終調整をした古来からの霊地で、その後の彼があの偉大な業績を成し遂げる礎を築いた場所です。

 去年の夏頃から、どうもその強烈なフォースをここから感じてならぬ…。


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  ご来光

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 私のメイン研究テーマに触れる、ここはおそらく数千年前から特殊な場所だったと思います。空海はそれを間違いなく知っていた。

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 世界的にみても珍しい原始林の森。しかも神使の鹿(やはりバンビか?)が悠々と森を歩いてる…。日本の正月飾りの定番、シダ類のウラジロも群生しています。フルータリアンの私は、史学や哲学的な見地から餅などをあえて飾らないけれど、ウラジロだけは欠かさない。それを観るだけで特別な気持ちに成ります。その理由が、こういう風景を観ると確信を持てます。


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 これが、その特殊な水。なんかオレンジ色ですな。。



 この水で、書道会員の皆さまに書き初めをして頂きました。今年の祈願はかなり特別な力にて叶うことでありましょう。





 で、私も書いたのですが、書体違いで色々書いた。

 行書ではこうですが、

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 草書では、こうなります。

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 まるで漢数字の七十七のような形になるので、七十七歳を喜寿として祝う風習が古来から日本にはあります。

 今気づいたけれど、これ、見ようによっては七七七にも見える形ですね…。


 昨年は皆さまご存知の通り、私は"7"の為に準備に準備を重ねましたので、きっと、その全てが開花することでありましょう。



 しかし、申年は真実追求の素晴らしい年でした。色々な事件に事件を重ねながら、結局は良い出来事、本当の真実だけがどんどん洗練されて露わになってゆく、という年でした。無駄は消え、本物だけが、最後にそこにある。

 結局、果実を結ぶのは、本物だけです。


今年はゆっくりお酒でも飲んで、その実りを楽しんで眺めましょう。
 

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(やはり神使のバンビが身の周りをうろうろと…)


posted by サロドラ at 07:07| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

2017 Happy new year!



新年あけましておめでとうございます

☆ 本年もよろしくお願いいたします ★



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 今年は酉年です。このブログを通読なさってる愛読者の方はもうご周知の如く、『酉』とは動物の鳥ではなく、十二支の酉を司る象形文字です。






 この文字は酒のさんずいが無い形ですが、酒を造る酒壷の形の象形で、漢字の生まれた殷代の末期頃にはこの壷は既に青銅器などの金属でできていました。さんずいを入れずとも、この形だけで、酒を意味しますが、これに蓋をした形が樽という字のつくりの部分です。きへんを持つ樽の酒樽は本来は木で出来ていたのではなく青銅器だったのですね。

 しかしこの殷代末期は、政治腐敗も凄まじく、酒池肉林という言葉はこの頃に実際に腐敗した王族によってされていた史実から出来た言葉です。これが原因となって、殷代は滅びます。


 さて今年の酉年ですが、前年の神の象意激しい機運は落ち着き、ゆったりとした喜悦に満ちた年と成ります。


 今年は何事につけても、ゆったりと酒でも飲みながらパーティーでも楽しむのが大変に宜しい。

 

 すなわち、今年はずばり、喜びの年です。


 という訳で、今年は昨年に懸命に動いて刈り取って得たもの事を、ゆったりと楽しみましょう。それが重要です。今年は得たものを熟成させ、発酵させ、その味わいを楽しむ年です。



皆さん、今年は大いに楽しみましょう♥


 


 2017年 元旦



 ps,私の作品が届いた会員の皆様はどうぞお部屋の西の方角に飾って、どうぞそれを日々眺めて楽しんでください。愛読者の皆様は画像ファイルをどうぞご使用ください。何が起るかお楽しみに!

posted by サロドラ at 07:07| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

真実


 今日、前回記事に書いた事件の判決が降り一斉に全国的に報道された。
 http://www3.nhk.or.jp/lnews/yamaguchi/4065702861.html?t=
 前回の初めての裁判傍聴は、ど素人としてかなり精神的にヘヴィーだったので、敢えて生での傍聴はしなかったけれど。。


 さて、私がこの件で一番学んだ事、ここに書きたい事は、この事件の本当の真実、報道、その報道を見たネット上の野次的な反応の、あまりにも大きな食違いである。

 
 私はこの事件よりも、私のほぼ予想通りに起きた、この社会的な結果の方に、かなり面食らった。
 …そこまで…なのか、と。。


 それは前回、公判を生で眺めていて、おそらくこの事件の核心、本当の真実、また、この罪を裁く罰としての公判の焦点など、まるで報道することは不可能だろう、と、率直に感じた通りだった。


 ごく簡単に言って、ネットやTVのソースをそのまま真に受けたら、この事件は事実が本当に、全然違う。

 今、ここをお読み方は、上のリンクのニュースソースを読んで、おそらく確実に、完全な勘違いをなさっている。

 すなわち、今、あなたが被告人に抱いた感情、イメージする内容、そこから心に作用する種々の断定、おそらく、それら全てが間違っている。


 事実として、この被告人は、あなたが今、思った意味で大きな罪は無く、あなたが今、思った意味とは違って、大きく罪がある。今日の公判では見事に裁判長がそれを的確に裁いた。また、精神、心の世界、更に霊的に‥、とでも言う意味では、更に法で裁けない場所にこそ、もっと本質的な悪が存在している。おそらく、確実に後で神的な誰かが裁くであろう、何かが…。

 

 真実。

 その追求

 そして、それを誤りなく正しく人に伝える事。




 私が特に興味を感じたのは、これら全ての難易度、ハードルの異常な高さ、である。


 まず、ニュースソースを見る限り、各社の報道記者はおそらく、全公判をそれほど深く見ずに今日の裁判長の判決主文だけから報道しているのは明白だ。決して、報道コードでマスキングされてる訳では無いと思う。肝心の部分は伝えられず、見ようによっては、本質の部分で事実と全く違う見栄えの事件になってしまっている。


 さらに当然、それを眺めた、ネット上の意見は、ほとんど全部、見当違いも甚だしい。これは、ネットユーザーが馬鹿なのではなく、メディアの構造自体に大きな問題がある。 
 しかし、その結果、ネットユーザーは現実に頓珍漢な馬鹿になってしまうのである…。




 物凄く、いい勉強になった。


 まず、出来事というものの本質、それを第三者が捉える事の差異と錯誤、さらにそれを伝えるメディアの本質。



 私は今日、1日中、朝から18時間ぐらいは、仕事の必要性から、ずっと日本から海外までのネット情報を収集していたけれど、情報というものが、こんなにも本質の差異が生み歪んでゆくのを目の当たりにして、メディアの情報の触れ方に、やはりこの大きな誤差を修正する重大な必要と、そのより巧みな方法を深く考えさせられた。

 

 これを例えるなら、

 音を鳴らした瞬間に
 ミュージシャンが聴く音、
 それを近く聴く聴衆、
 拡声処理で遠くで聴く聴衆、
 それをメディアで聴く聴衆、
 
 その巨大な誤差とまるでそっくりなのである。



 哀しい事件の詳細を、ゴシップ記事の様にここに書く気は私には無い。
 でも、この真実、そのあまりの遠さ、という事だけをここに記しておきたい。


 この事件の核心は、非常に哀れな被告人の境遇と出来事にあり、近親殺人とは言え、最初の供述通りなら充分に情状酌量の余地がある、執行猶予さえつく事件だった。ところが、争点は、途中から供述を真反対に裏返して無罪側に寄る詐称を被告人が始めたところで、裁判は複雑化し、結果、寧ろ厳しい判決に至った事件である。


 私が興味をひかれたのは、その嘘の内容、である。


 被告人は殺された魂を心に語らせながら、全ての経緯の真反対の嘘を詐称し始めたのである。それも"愛"の情感を涙ながらに滲ませて。


 それは、幼稚な女がよくつく嘘に過ぎない。 


 世間を騒がせている事件、STAP細胞詐称、ベッキー、さらには20年前のオーム事件…、世界の全ての事件は、愛のわずかな誤差、真実のわずかな誤差が、複雑に絡まって、大きな事件になってゆく。


今、世界で起きる大事件ではイスラム国など、もっとも巨大な例である。彼らが行うのは"神の愛"の詐称による無差別殺害である。


 "真実"にも、また"愛"にも、誤差、というものがあってはならない。わずかな誤差、ですらも。それが最後には世界の悲惨を生む。歴史上、すべて、この問題によって人類史は創られてきた。


 そうならば、人間の罪と罰は、実はこの”誤差”にこそあるのだ。




 そう、今日、私が見たもの。



 純粋なもの、それは無垢であればあるほど、弱く折れ曲がって、世界に反響し谺する。

 でも、そこに一切の小手先の技術、エフェクト(効果)、詐称、をどかして放ったならば、それはたとえ時間がかかっても、巨大な力に増幅されて何かを創る、ということだ。

 増幅された瞬間に、それは別のものに変化した形を成すかもしれない。でも、その中には微粒子の気流の様に、真実の宝石が鏤められている。


 私は、この本当の真実がメディアというものを通して歪む現象から、歪んでも、歪んでいない真実の伝え方、すなわち、音のレコーディングのコツを学んだ。

 そして、情報。やはり、それは常に生で、現実のリアルな情報に触れる。純粋なもの、それがゆえ拡張されてるもの、それだけに常に。




 殺人事件の公判に、かなり真剣に音楽の方法論を学ぶ変人は、きっとオレぐらいかも知れない。でも、オレみたいな奴がどこかの世界に居たら、きっとそいつとは本当に仲良くなれそうだな‥。



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 巨大なプロジェクトに邁進中。sさん、iくん、ありがとう。すごく勉強になりました。

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posted by サロドラ at 03:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

まぼろしおんせん。

 


 さて…、先にも記しました昨年夏から続く私の朝風呂ツアーは、いよいよ恐ろしいほどのディープさを、いや増しに増すばかりですが、ワタクシにつきものの、温泉珍事も、そのディープさをいよいよ増し始めた様子でして…。


 最近、無精で髪の毛も伸び始めたところでもあり、このところ、その成りを潜めた恒例の珍事のひとつも、無事復活(?)したらしく、つい先日も、例によって風呂上がりに素っ裸でぼけ〜っと座ってたら、割と若い二人組の男が、フロアーにガラッと入るや否や、


おぉー!


 と奇矯な声で叫んで、立ち止まったかと思ったら、あちらこちら眺めまわした上で


『あぁびっくりした、間違えたかと思った』などと、二人でブツブツつぶやきながら、いそいそと…。ふむ。。(←べつに理由は無い感嘆句なり)  


 
   


 で、そういうワタクシの方が、今度は返り討ちに合うかの様に、この私自身の珍事を上回る、さらに訳の分からない珍事(?)に遭遇。




 秘湯にもだんだん慣れてきて、ベテランの気すら発し始めてる私でありますが、その日も例によって、普通の人は誰も居ない平日の朝、そもそも人里離れた山奥の秘湯。それも連休明けの月曜の朝、である。



 こんな日のこんな時間にこんな場所で秘湯巡りをするのは私しか居まい、という、自負心にも近い奢りの感情が、私の心にはとぐろを巻いて蠢(うごめ)いているのは、正直、否めない。


 そういう、変な安心感から、そもそも私には油断が大きくあった。




 まずは共同風呂を眺めに行くと、だ〜〜れも居ない。川のせせらぎの音が緩やかに聴こえる。


 看板によると、ここは混浴らしく、お金も郵便受けに勝手に入れろ、などという、いい感じの雰囲気である。


ふむ。。。




 …でも、かえってなんか落ち着かないにゃ、と思い、老舗旅館の内湯となっている、露天温泉に行くことに決定。



 これまた鄙(ひな)びた、いい〜感じの旅館の小さな門をくぐり、玄関に行くと、し〜〜ん、として人の気配が無い。古い蓑笠などが飾ってある。


 しばらく、ごめんくださ〜イ、と何度か呼ぶと、おかみさんが出てきて料金を払った。


 「ここは、温度が低い温泉なので、ゆっくり入っていってください」


 と、暗〜い玄関先で言われて、露天に進む。



 途中、女湯脱衣所、とか書いてある建て屋があり、通り過ぎると、野趣たっぷりの露天温泉が。




 すると、先客があり、角刈りのおじさんが入っている。


 少し目が合ったのだけど、何か目を丸くしているおじさん。


 別に気にもしないで、奥の簡易脱衣所へ。


 「ふむ。ひとりだと思って楽しんでるところに、来るはずの無い変な客が入ってきた、って感じで、ちょっと悪かったのかな…」などと思ったけど、ま、いいや。



 で、自分の服を脱ぎながら、ふと見ると、どう見ても女物の下着と、サンダルが……。。



 ン???



 角刈りのおじさんは、岩に隠れた方に、移動してしまい、姿は無い。


 とりあえず、露天に浸かってみると、本当にぬるい。外は寒い。でもいい感じ。。…しかし、問題は、おじさん、である。女装趣味の変態おじさんだったら、ちょっとヤバい。


 ただでさえ、ワタクシも先の珍事の様に、変な勘違いをされがちな生物である。


 いや、待てよ、、、あれは、もしかして、おばさん???


 って、ことは、ここは女湯????

 おれが、何か間違った??????


 と、思い至って、なにか心臓がドキドキし始めた。




 どうしよう?


 周りをきょろきょろして、いや、ここはオトコ湯である。オレは間違ってないぞ。一体、何が起ってる????


 野趣溢れる天然岩湯船に首まで浸かって、10分くらいは、ぐるぐる考えた。

 その間、背後の岩陰の穴ぐらには、人の気配を感じるが、振り向こうにも振り向けず、ましてや、「こんにちわは〜ぁん」などと明るく声をかける空気感でも既に無い。


…………


さらさら  



…………



さらさら




‥無言の行間があたりを支配している。






 ………。。。。





 さて、私は10分以上は寒気の中を湯船に浸かったであろうか? 


 … 異常に長い10分間である。


 無言の ‥‥‥ の連続技に業を煮やしたかのように、
 角刈りおじさんは、とつぜん簡易脱衣所にざぶっぅ!!!と音を盛大に立てて、あがっていき、その背後の姿が見えた。




 ええっ???





 瞬間に見たのは後ろ姿だけだけど、矢鱈に大きな巨体にはバストの膨らみが‥、けっこう大きい……。

 で、自分の服類などを持って、いそいそと、女湯脱衣所に走っていった。




 ????????????????????????




 ………おばさんだった????





 ってことは、ここはオトコ湯って訳ではなく、混浴で、こんな日には誰〜〜も居ないと思って入ってたら、オトコのオレが入ってきて、バツの悪い想いをして逃げていった、という件だったのか???


……… (悪いことしたかな‥)。




 ま、いいや。今度こそ、誰もいない超絶天然露天温泉を楽しもう。


 そう思い直して、ゆっくり楽しむべし。



 〜 〜 〜 〜 〜 〜


 いい〜ゆ だなぁ〜 あははは〜ん




 ふと見ると、目の前に『この温泉は数百年の歴史があり、2時間くらいは入らずして、この温泉の真価などわからぬ』などと口上を記されている。


 そうか。そこまで言うか。


 良かろう。受けてたってやろう。どん、と来い。



 さっきまでの緊張がほどけたせいか、とたんに気が大きくなって、普段は割とカラスの行水で早風呂なオレも、じっくりと攻めることに。





 ふむ。ええ〜のう。長風呂も。外は寒いし、湯はぬるい。自然のアルファ波はそこらじゅうに充満しまくってるし。







 ま、2時間はいかないにせよ、1時間半くらいは、楽しんだ。



 相変わらず、だ〜〜〜〜〜〜れも、いない。



 ふ〜〜〜。よし、出るか。オレといえども夕方から仕事もあるしね。
 ビ〜ル飲みてぇ。



 …などとつぶやきながら、簡易脱衣所は思いっきり外の寒気の中なので急いで服を着る。

 う〜〜む、えぇぇ温泉ぢゃ。



 で、さっきの女湯脱衣所の前を通り過ぎ、坂道の旅館の小道をすたすたとあがって行くと、後ろから気配がして、何かブツブツとぼやいてる声が聴こえる。

 ふと振り向くと、さっきのおばさん、と同一人物と思しき人が旅館から出て来て、手に荷物の様なものを持って、後ろからあがって来るのが一瞬見えた。




 
 えっ??????????





 姿は建築系の作業着。やっぱり角刈り。どう見ても、その姿はおじさん。声もおじさん。




 しかし、この時間までさっきの暗〜い旅館の中に居たのかしら???


 何してたんだろう?




 …ここにきて、再び、完全に訳がわからなくなって混乱した。



 おじさん、と思ったら → 女装の変態おじさん‥ → そうかと思ったら実は単なるおばさん‥ → そうかと信じてたら、やっぱり、おじさん!??



 意表をつきまくる展開に愕然として、坂を登り切ったところで、恐る恐る後ろを振り向くと、おじさん?は仕事用と思しき小汚いハイエースワゴンに荒々しく飛び乗ったかと思うと、びょ〜〜ん!と早々に去っていった。。。。










 ………なんだ、こりゃ?





 …混乱しながらも気を落ち着け、帰路につくことにしたものの、帰りの道中、今しがたのこの件をどう理解すべきか本格的に訳がわからなくなり、推論が頭を迷走しながら駆け巡るオレ。。




推論A 普通バージョン


 単なる地元のおばさんで、誰もいないだろうから、と思って入ったらオレに邪魔された。


推論B 少しディープバージョン


 女装気のある地元のおじさんで、誰もいないと思って油断してオトコ湯に入ってたら、オレに邪魔された。


推論C かなりディープバージョン


 男装気のあるおばさんで、誰もいないはずのオトコ湯にオトコのつもりでのんびり入ってたら、来るはずの無いオトコのオレ(しかもオンナと間違われる気のあるオトコ)が突然入ってきてビックリした。ジェンダーすり替わりの変テコリンな取り合わせが同じ湯船に‥。しかも閑寂として、他には誰〜も居ない。異性物同士の緊張した空間が。


推論D もっとさらにディープバージョン


 そもそも、玄関先で会ったおかみさんの雰囲気から、なにか普通ならぬ感じが既にあった。
 誰も居るはずの無い、こんな日、こんな朝、こんな場所…、いわゆる、世を憚る暗い秘密のある、普通ではない、真実の愛の世界がそこに…。



 … あ・わわわ。。。この図は見た目テキにはちょっと恐ろしい上に、しかも心の内面描写としては、ディープ過ぎて、なんだか異世界的に美しい。これだけで芸術作品の主題に成りかねない。

 真実の愛の追求、を独り行為し続けてるオレには、これは…。。。心に湯気の様に沁みわたる気も…。

 数時間この脳内妄想の物語りから逃れるのがエラく難しいことに…。。







 ふむ。申ドシじゃの。






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2016年01月23日

純粋な白に輝く神々の来た道 ☆7



 私の朝風呂ツアーは、いよいよ海超え間近に迫ってきた模様ですが、もうほとんど私の仕事の一環、もしくは義務、もしくは宿命、であるかの如く、また、ふらり、‥と出かけた。。

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 ふらり、と、漂着してみると、とても辺鄙な場所に、 場違い感充満にも壮麗と建っている妙に立派なホテルが‥。なんだこりゃ? 調べてみると某大企業社長の出身地らしく、黒川紀章の建築で、中空吹き抜け構造の高層ホテルが建っている。


 しかし、不思議なのは、どう考えても辺鄙な場所に、似つかわしくない無駄にでかい建築。平日のこんな日に、そんなところへ誰か来るのだろう?(おれみたいな妙な宇宙人しか居ない筈だけど‥?)と、思いながら近づいていくと、田舎の匂いがまったくしない、とっても美人で、とってもスタイルの良い若い女性と、道すがら何人もすれ違い、チェックインしてエレベーターに乗っても、そういう感じの女の人が、いそいそとコンビニ袋を持って部屋に入っていくではないか?


 ……??? (←キツネにつままれた感のあるさろどら)


 朝風呂に行くつもりが、オレは間違って金星にでも着いたのか? 

 訳がわからないが、とりあえず、地下の天然温泉(当然ながら源泉で塩分と硫黄分が割と強かった。隣別館には古代ローマ式なんてのもある)で和んで、最上階のBarでゆっくり考えごとをすることに。Barの名前はamore(愛)


 隣の席にはそういう美人女性3人に変な背広の爺さんが囲まれ、会話している。


 ま、いいや。風呂あがりはビールだな。

 …んまい。


 エンジェルというカクテルが美味しかった。

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 で、背広爺さんは一人で帰っていくと‥

 「ねぇ、あのじじい、目の焦点がさだまってなくね?」

 「いや〜ん♡」

 「ぜったいキャバ嬢とかって、向いてないよね〜ん」


  なんて女子会話が耳に飛び込んで来る。ん?…このホテルにはそういう店でもあるのか??…でもなんか違う。 ますます謎は深まる。(あとで謎はすべて氷塊)



 お気に入りのアイリッシュウィスキー、ブッシュミルズを飲んで、明日の朝風呂計画を立てる。


 問題は海を超えるかどうか、だ。 種子島宇宙センターのパンフレットが妙に気に成り、思わず朝風呂じゃなくて、朝宇宙に成りそうな欲望を必死で抑え、まてよ‥縄文杉、という朝風呂パターンも…などと、ぐるぐるアイディアが浮かぶが…。

 宇宙にもロケットにも縄文にも、並々成らぬ強い欲望があるのは事実である。だが…ここはっ! 朝風呂がファーストミッションである。だいたいそれはちょっと仕事に戻れんだろ‥。

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 …で、行きついたのは、日本の原点中の原点。神の降りた場所。そこから地上の神話が始まる場所。天と地を結ぶ場所。その聖なる山。

 吹雪の雪原のその輝く静謐な美しい山が、私を招き待っていた。


 でもそれはここでは語らない。誰にも語らない。誰にも語れない。言葉にできはしないのだから…。枯れる程の涙が僕の魂を洗う。素晴らしい体験だった。



 





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2016年01月07日

魂の旅路 ☆7


 新年を迎えるにあたって、オレンジ・ポマンダーの完璧版も無事完成。今年のは、でかい‥。

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 で、いつも通り年始年末は、導かれるままに魂の旅路へ…
 聖地でカウントダウン

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 そして今年はあえて日の出を待って、日本で最も重要な最古の儀礼に使用する湧き水の若水を汲みました。

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 その水を墨で摺って会員の皆様は書き初めをして祈願。

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 ワタクシも書き初め いつもの中国明代のヴィンテージ硯で墨を摺る。いい香り‥。

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 さて‥今年は導かれてみると‥、、なんと!と、いうかやはり、と言うのか、昨年暮れの記事に書いたラフカディオ・ハーンの自筆原稿に遭遇。かの文章、『日本人の微笑』が収録されてる『日本の面影』の初版本も。彼はやはり高い霊性に根ざした精緻な筆記技術を持っている…。あまり知られていない彼の本当の真価は、そろそろ世界に知られることになるだろうね‥。

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 こちらは晩年の遺作『神国 日本』の初版本。

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 年始年末の私の儀式はすべて完璧。


 こちらは、いにしえの太陽の儀礼の装束。なんて美しい…。
 この時代、科学の発達した現代よりも石の発掘と研磨技術、何より、何か霊的なそれらの使用法が非常に優れている事を、生の実物で確認した。なんて素晴らしい…。

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2016年01月01日

2016 Happy new year!


新年あけましておめでとうございます

★ 本年もよろしくお願いいたします ★



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 今年は申年です。このブログを通読なさってる愛読者の方はもうご存知の通り、『申』とは動物の猿ではなく、十二支の申を司る象形文字です。





 この文字は稲妻がピカッ!ゴロゴロ!!と光った様子の象形です。この申は神という文字の原型で、そもそもは申が神を表す文字でした。


 すなわち、今年はずばり、神様の年です。


 今年は、個人に於いても、社会に於いても、良い意味での色々な変革的な事件、出来事がいたるところで起きるでしょう。それはまるで突発的で予想できない形で起こり、様々な良い出来事を実らせます。

 そういう訳で今年は皆さん、非常に活発に動きましょう。昨年、地道に撒いて精進した種を大きな実りに完成させる動きをする年です。

 そして、いつでも陽気に振舞いましょう。大きなエネルギーを爆発させる様なイメージで、全力で大盤振る舞いをする年です。今年は地道に地味にやる年ではありません。全てに於いて派手に大きな勝負に出る年です。それが皆さんの今後12年間の大きな成功の礎になります。


 一言で言うと、天地が稲光りして振動する様な、爆発的なエネルギーで勝負と決戦と戦いに出る年!


 正義に大いなる勝利があらんことを!!!



 2016年 元旦



 ps,私の作品が届いた方はどうぞ部屋の西南西の方角に飾って、どうぞそれを日々眺めて活動してください。何が起るかお楽しみに!




SALONDORANJU multi-instrumental-show 69∞LOVE youtube movie











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2015年09月09日

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2015年07月12日

パブリック・メディアの終焉


 私は個人的に、もう既にTVの役割は時代的な意味では終わってると思っているし、紙媒体としての新聞などが従来抱えている、構造的な問題点も、文化、環境、などの全ての視点から観て、飽和状態に達し、その超克の方法が現在の視点だと思っています。


 思えば、前世紀にテレビというデバイスの登場で一つの文明が出来た感がありますが、その一方的な押しつけ、視聴者にただ迎合的な白痴性が問題となっていたある時代、それは必然的に終わりに向かっていったのでしょう。奇しくもそれはシリコンバレーの発展と相対する形で。


 現在の世界のパブリック・メディアは、もう既にインターネットを中心とした本来はオルタネーティヴだったデジタル・メディアであり、電波放送でも、日本特有の宅配の紙媒体でもない。

 しかし、このインターネット中心のデジタル・メディアは、どこまでも個人性の露出であって、中心や焦点を失うのが特徴であるがゆえに、古びたテレビや新聞の中央集権性はまだその有用性を失っていない訳です。

 思えばメディアの中央集権を支えているのは、基本的に『ものを考えない人』であって、簡単に自身の内面を他者、それも愚か極まりない知性の露出に委ねるのが平気な『大衆という幻想』に生きる人達である。哀しいかな、そんな愚者の肯定こそが、世論の結果の本質であったりする。

 それに対するアンチテーゼとしてインターネットはこの20年来機能していて、それは現在、ようやく成熟を見せつつあります。その間、色々な変遷があったし、これからも変遷を重ねる事でしょう。


 さて、簡単に結論づけると、中央集権のメディアはもうその機能を果たす力が完全にありません。前時代のレトロな共有感覚を持たらすだけの、終わっているメディアに過ぎない。

 ではこれから先の未来の『パブリック』とは? 『メディア』とは?


 デジタルメディアの目指す雛形が、どこか人間の意識の原始的なあり方の類似を目指している現実が、それを示唆している様に私はいつも思っています。


 究極はデジタルという方法もいらなくなる『ある場面』がやってくる。


 私は、それを先んじて生きてみようかな、と最近いつも思っています。


 否、それは決して「先んじた」のではない。それは生物も人間という種も、元々はそれを極自然に生きていたに違いない。


 真のパブリシティーとは、その様な場所にだけ本来存在し得たのではないか?


 『公共』とは、集合体の最大公約数に満たされた、全一性の事なのだから。




posted by サロドラ at 05:20| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

生きる



 …ふと見て号泣。。

 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2014/0413/653078.htm?o=0&p=1


 このお義母様の世代は、10代、20代の頃、目の前で大切な人と死に別れる経験をしたことでしょう。


 人は「生きている」それだけで素晴らしい





posted by サロドラ at 02:57| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月21日

オレンジポマンダー再生技術


 前回お知らせしたX'mas オレンジポマンダー、皆さん割とカビに苦労されてるらしく、なにか「オレには真実の愛はないのか?」などと悲痛な声もあがっているようですので…(笑)。

 大丈夫です。

 取り戻せない失敗などこの世にはありません。


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カビポマンダーの装飾紐を外します。

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まずナイフで外部のカビ切除。

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さらに内部を切開。(なんかだんだん外科手術っぽくなってきた)

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内部のカビを切除しましょう。(癌の手術ですな、こりゃ)

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カビの切除後に、クローブを内部にも刺します。(デパートで売ってますよ!)

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そこにシナモンをふりかけます。

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糸で縛りましょう。(なんか美味しそう…)

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 吊るして乾燥。


 3週間くらいの期間が必要な様です。ちなみに右上のはカビ被害は全然有りませんでした。

 (ふと気がついたのだけど、寒くて乾燥した場所で、しかも電気の熱が乾燥効果を持ったらしい。サロドラの他のポマンダーも電気の横のものはカビに成りませんでした。)




 あの日、ライブ会場で販売したオレンジポマンダーは、実はサロドラ・ポッターみずからハーブを使った古代の伝説の方法で特別な祈りを捧げている物体です。どうぞ再生して1年間御使用ください。きっとあなたには良いことがありますよ!


 そこはやはり、salon d'Orange music societyのボスだけあって、ふつ〜のそこらのポマンダーじゃすませません!(^^)





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 ひと仕事終わり、京都の御香水で煎れたサロドラ手挽き珈琲にシナモン入り、という妙〜にゴージャスで、小さなしあわせなひと時なサロドラ。







posted by サロドラ at 15:29| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月09日

オレンジポマンダーについて緊急お知らせ!


 先月のTRUE LOVE LIVEオレンジポマンダーをご購入の皆様にご注意&お知らせです。

 おそらくお部屋に飾った多くの方が、少しカビがきてる方が多いと思います。カビを除去すればなんとか復活します。置き場所を完全に乾燥するまでは、通気の良い寒い場所が良いようです。

 サロドラ家でも、部屋の中は、水場の近くに飾ったものにカビがきましたが、廊下や、外気に近い乾燥した寒い場所に吊るしたものは、全然平気で今なお乾燥中です。

 完全ミイラ化が終了したら、おそらくお部屋でも大丈夫です。

 何しろ、エジプトのミイラの製法とほとんど同じなので、乾燥させ方が大事な様です!

 わたくし、一応、創作した直後、中身を確認した上、食べたりジュースにしてみたりもして、ハーブの効き具合を確認していますが、ハーブはかな〜〜〜〜りな効き目です。 



 どうぞ縁起ものなので、大切に育ててくださいまし。良い状態だと有効期限1年は持ちます。



posted by サロドラ at 21:09| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月05日

サロドラな年始年末 2015


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 魂の旅。

 そう、この風景は間違いなく僕の魂の旅の風景だ…。

 で、目指すは昨年と同じ神域に。恩寵に溢れていた1年のお礼のお参りのつもり。


 で、年越し蕎麦喰った。かなり美味い(笑)。

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 で、昨年はまだ無かったスタバがしっかりとできていて、凍る様な寒い外で列になって並んでても熱い珈琲の無料接待もあり、サービス満点。
 

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 そして、神域へ。

 開門前に既に行列になってて、1時間は待ったけど、待ってる間、なんとなくぼけーっと考えごとしてたら、なぜか突然ふいに集中モード全開になり、祈りの言葉が強烈に自分の胸から沸き出してきた瞬間、、、、晴れて月が出てた空から突然、雪が舞い吹雪くように降ってきた…。

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 その光景のなんて美しいこと…。


 神殿の真上で、大きく旋回して雪が舞っていて、まるで、神の姿そのものに見えた。

 なんかいきなり祈りに答えてもらった気がして、ひとり感動するやらで、なぜか魂の底から大笑いしてしまいした。



 で、やはり、日本最高の儀礼に使用する水を採取。手をつけると沸き水は生暖かい。



***

 さて、帰って教室では恒例の新年書き初め。今年はゲストの皆様もいらっしゃって賑やかでしたね。この聖水で書いた書き初めは最高ですよ。


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posted by サロドラ at 12:13| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月01日

Happy new year !!! 2015


2015. 1. 1.am0:09:09



新年明けましておめでとうございます

皆様のご多幸を祈念いたします
今年も『サロドラな日常』をよろしくお願いします!




 さて、当会会員の皆さまに毎年お送りさしあげています、本年の十二支の甲骨文字作品の解説と、十二支の観点から占う、本年の皆さんの行動指針を恒例ながら読者の皆様にもご紹介します。(blog読者の皆様は作品画像をどうぞそのまま使用なさっても効果がありますよ)

 今年は未年です。この未(ひつじ)という文字は本来的には、「ひつじ」と音読する文字ではありませんし、動物の羊とは特に何の関係もありません。ただ、後年になってあてがった十二支の哲学を子供でも理解し易くした物語りも、それはそれで全く無意味という訳ではありません。動物の羊、というのは本来的な意味ではないけれど、それなりにそれは意味も深くもっている、とも言えます。

 特に十二支の中でもこの羊という動物は、漢字の中では実に重要なポジションを持っているのです。皆さんのお名前にも何かしらこの『羊』という字が組み込まれている方も多いことでしょう。

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 さて、『未』ですが、これは植物が生い茂って、枝を伸ばした形の象形文字です。

 十二支は生命のサイクルを象形で表現しているのですが、昨年の『午』の文字の顕わすエネルギーの極点を通り過ぎ、エネルギーは衰えに向かい始めるかわりに、実りへの第一歩を踏み出している意匠を持つのが、本年の未の意味するところです。

 すなわち、簡単な理解としては、実りの収穫への準備段階を始める年だと言えます。

 まだ、それは完全に実っていないけれど、去年、活発に動いて色々な種を撒いて、色々な機縁をつけていったものの収穫させる為の準備をじっくりと行いましょう。

 去年が能動的に盛んに動く年だったのに対して、今年はじっくり腰を据えて精進する年です。

 それでこそ、去年に盛んなエネルギーで繋がったものが、大きな実りの収穫を得るのに必要な栄養を与えたり、枝から、徐々に豊穣な果実が成ったりする、という作用を得ることができるのです。


 という訳で、今年は基礎的な部分を更に見つめ直し、緩んだネジをしめて、完成度の高い境地に一歩踏み出す為の、地道な精進をこつこつと重ねる年です。

 もちろん、そうしながらも、その結果を早速実戦での試みをするのも、とても良い事です。

 しかし、とにかく今年は、物事のディテール、詳細にこだわって、技芸を高いレベルに持ち上げましょう。それが、次のステップ、ステージの花を咲かせる重要な鍵となります。



 皆さん、ともに精進しましょう!


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posted by サロドラ at 00:09| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月08日

タイムカプセル


 ふと電車で目の前を眺めると、9割の人がスマホを凝視している。もちろん、その内容はきっと人それぞれ。ラインの友達リストをスクロールしてる女子大生、ウェブを血眼の形相で検索してる男性、電子書籍を読んでる中年男性…………。。。 …そしてその狭間で、超高性能インイヤーイヤホンで自分の音楽のプレイバックを聴いてる私。

 私は、ふと目をあげて彼等、彼女達の心の世界をそっと覗き見た。


 電車に瞬くどこか寂しい地方都市特有の哀しい夜景と同じく、それはほとんど明確に、それはほとんど星の様に、幻の明滅に囚われていた…。


 そして電車を降り、足でコンクリートの大地を踏みしめながら歩くと、夜空の星が奇麗で、ふと12月の冷たい空気に相応しい近年の坂本トリオの戦メリを聴いた。いつ聴いてもそれは星の色彩を帯びている…。


 大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』を久しぶりに観る。リマスタリング前のくすんだ色合いの映像も、こうして観ると何処かそれは美しい。大島監督の撮った全ての登場人物の挙動、そして、幾度も登場する切腹のシーンを眺めていて、この心情、この心の世界、その霊的清廉、そんな世界を改めて限りなく美しいと思った。それを驚く程に私に追認させてくれたのは、ラフカディオハーンの書籍だけど、私達は何故あの美しい様式を失ったのだろう?
 

 迷走をしてフリーズ直前のCPU回路の様な、電車のスマホ凝視の群と、それらの遠い清廉は、私の心のタイムカプセルの中で、ある明晰と進路を私に手渡す。

 何故なら、そのタイムカプセルは、決して数十年、数百年、土塊に埋もれていた訳ではなく、何万年、何億年、私の魂に眠って、そっと待っていたものだから…。


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posted by サロドラ at 02:06| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

不思議な訪問者達



いつも和むカフェで珈琲を飲みながら、ふと、眺めると、雨。晴れ間に輝く霧の様に繊細な優しい雨。

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いつもの席でオーガニックのトマトのレッドアイ。

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で、教室には、この最近、色々な教室始まって以来の珍しい不思議な訪問者達が…。

7・7 天の川、牽牛星、織女星の夜  稽古後に宇宙や宇宙の生命の話に興じて黙想中に、音もなく、そっと入ってきた猫。

部屋を眺める様な仕草をして、何か神気すら発しつつ、中をうかがってる。。





その直後、ついに新たな領域の書道art作品を僕は描いた。
人間の言語領域で補完できない、新しい言語、新しい文字…。










posted by サロドラ at 15:48| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月21日

その他のコミュニケーション力

 
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 さてこれを見よ



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 このふさふさした毛!



これでそこら中の猫とのコミュリョクUPしてやるぜい。
きっとこの魔法のねこじゃらし毛の魅力に思わず猫達は……と妄想するとわくわくして堪らん。











  …が……………












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 完全にあやしいおっさん状態
 



 あえなく敗退。。。




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 あんた何しよるん?、とでも言いたそうな友猫



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 しかし猫も暖かそうですな。今日は。


********

今、ふと見つけたが…。。
やっぱ彼は最高だね。

この言葉を凄い、と言える人が凄いよ。

『中也の弟さんから聞いた話では、中学生の頃散歩していたら、中也は弟さんに説教がましく、「ああいういい景色を見ても、すぐスケッチしたり、言葉にするな」と言ったそうです。黙って感じる。その感じる力を養えばいいんだと。すごい言葉だと思いますね。』



posted by サロドラ at 16:57| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする