2008年10月05日

Petrograph

 
 凄い!凄い!凄いぃぃぃぃぃぃぃっっっーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



 …と、気狂いに成ってる私ですが、冷静に成ってみて、ここに書こうがどうしようか迷ったのですが、世間様への啓発のつもりで少しだけ書こうかと思います。


 さて、先日、また門司に出かけた折に神社に立ち寄って偶然出逢ったのが、『ペトログラフ』という石に刻された古代文字です。

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 現在私が心底追いかけているテーマとの、あまりの偶然に、もう『魂の慟哭』をすら感じて感激して泣きそうに成りました。


 これは当書道サイトの「今月の指針」にも記したのですが、縄文にこそ日本の核心の鍵があり、10代の頃からの私が抱いていた永年のテーマがこれで一気に氷解しそうです。要はこの古代文字こそ私の抱いていた直感を裏付ける証拠なのです。何げなくそんな事を指針に書いた数日後に、こんなものに偶然出逢うとは‥。


 これは音楽家としても書家としても、荒まじい衝撃的な発見です。


 日本という国、民族のアイデンティファイ、文明観、天皇制、文字文化、こういう常識の全てが、一撃でひっくり返ります。


 この私達の太陽の国、ずっと私はこの国の太陽を蘇らせたかった。


 それは大化の改新などが起った1300年前から、いや、弥生時代が始まった時から、曇ったままだったのです。我々が日本が実質国家として始まったと認識している、歴史の史実の前に起った出来事。あれで日本は屈折してしまいました。


 それは戦後日本の魂の空白とか、そんな近代の問題じゃない。


 我々が常識として知る日本文化など、嘘っぱちです。日本の本当の魂などそこには何も無い。それらは100%他所からの借り物に依存し、従属した姿です。


 音楽をやっても、書道をやっても、それらの奥の院まで足を踏み入れた人間は、必ずこの地点で誰しも行き詰まるのですが、あまりにも我々の歴史認識というものは嘘で塗り固められてしまっている。


 漢字の輸入以前に日本に文字が無かったなどと言うのも嘘なら、日本神話の世界を包括する天皇が日本の象徴である、などという憲法条文も、全て嘘っぱちです。おまけに漢字が漢民族の『発明』だという事さえも、だんだん怪しくなってきます。


 それが‥、その答えがこんな近くにごろごろ転がっていたとは…。


 私達の本当の祖先、本当の血の繋がったお祖父さん達、この国の本当の文明のあるべき姿…。


 保護すらもされず、雨の中で野ざらしに成ってる、この石達が、それを遥か遠い昔から、まるで何かを訴える様に、間違いなくこの私に語ってきました。


  私が誰なのか? 

  日本人とは何なのか?

  世界がどうあるべきなのか?


 jimmy pageが、rock'rollという方法で民族の古代から続く核心を表現した様に、自分はそれをartの世界でやってみます。政治などという回りくどい馬鹿な方法ではなくて。


 あの日、間違いなく、私のそばに本当に天使が来てたに違いにない。


 この劇的な出逢いの後、cafe raffaelloで席についた瞬間、ふとスピーカーから流れてきた曲に耳を澄すと『angel eyes』でした‥。

 

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2008年09月06日

凡河内躬恒


 音楽ネタが続いていますので久々に書道ネタです。

 課題の週で今年はしつこく古今集を攻めていますが、今月は子供から大人まで、凡河内躬恒の和歌の全文の臨書をしています。(しかし小学生がこんな難しい練習してるのは、全国でも、我が会くらいじゃないか???)

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 「遅利乎多爾 須恵しと曽おもふ 散起しよ利 いも登わ可ぬ累 東こ那つの花」                                  

 読みを現代的に表記すると

 「塵をだに、すゑじとぞ思う 咲きしより 妹我がぬる 常夏の花」


 現代文に直訳すると、

 「塵をさえつけない様に 育てています 咲いてから 妹と私が寝る 常夏の花(撫子の花)


 現代風に翻訳すると、

 「撫子の花が咲いてから、塵ひとつつけないくらいに、可愛がっています。まるで君と僕が寝るべッドの様に…。」

                  (注釈 妹=身体を許した恋人 とこなつの花=撫子の花) 



  エロい …………………。なんだかまるで加藤和彦の「僕のそばにおいでよ」みたいじゃないか?

        

  要するに、これはラブレターな訳です。ここまで読解すると、平安貴族の雅びと粋の世界がちょっと解ってきますね。

   現代ではメールとか手紙(もう書かないか?)で、「ねえ、君、好きだよ。」とか「今夜どう?」とか、もう動物並み猿並みに、直接的表現を現代人の我々は日常してる訳ですが、平安貴族の女性の誘い方はこんな風だった訳です。

 こんな和歌を筆でさらさら〜っとしたためて、従者に渡して相手の女性の届ける。読んだ貴族女性はこれを読解して相手の気持ちを察する知性を要求される訳です。‥しかしなんて優雅でお洒落なのでしょう!?


 特に夏の季語「とこなつの花」に、「大和撫子の様な美しい君」という意味、更に「とこなつ」の「とこ」を「床」=ベッドの意味を掛けた上で、情熱的に夏に咲く花に喩えた、我が心の恋の情熱、即ち「僕は君を抱きたい」という気持ちを、暗喩的に表現してる所が絶妙です。ダブルミーニングを超えてトリプルミーニングな訳です。

 常夏の花、という決め言葉たった一言が、ここまでの奥行きを持っているのが驚きです。(因に三島は学習院時代、こういった古今集の奥深い世界を恩師から教えられ、その後あの文学世界を生み出すのですが、三島文学の決定的核心は、やはり古今集でしょう。)

 これは私が音楽レッスンで、歌詞のライティングについて、いつも教えてる事ですが、この暗喩=メタファーを如何に巧く使えるかが、良い詩を書くポイントです。名曲は、必ずこれがもの凄くうまい。タイトルの言葉一つで、世界がぱぁ〜と広がって出来てしまうのが良い詩です。

 日本の平安貴族ってこの時代に、もうこんな凄い事してた訳ですから……、しかも全く実用的に! 

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 で、これを読んでる現代日本の粋でダンディーな男性諸君。

 この和歌を一つ、練習してさらさら〜っと書いて意中の人にどうぞ渡して見てください。「何よこれ? わかんな〜い」などとほざく馬鹿女だったら、即効止しましょう。あなたは一生苦労します。


 しかしもしも、「まぁ〜!」などと言って即座に気持ちを理解する女の人が居たら、これはもう国宝級に凄い女ですから、どうぞ一生大事にしてくださいまし。  by さろどら




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2008年07月02日

古今集 


 今日は教室では先月に続き、古今集の臨書です。
 
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 小学生は先月に続きまだ2回目なのですが、思ったよりも皆上手です。これは私が普段、口酸っぱく筆の基礎フォームをきっちり教えてる成果が出ているらしく、なんだか頼もしい限りです。


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 これは小学3年生のHちゃんの作品です。あまりに線が良く形もきちんと書けてるので、『Hちゃん、すごく上手だよ!なんだか平安貴族の女性に成れそうじゃないか?!』と誉めると、恥ずかしそうに、はにかんでおりました(笑)。


 めして本(ほ)とと支(き) と、書いています。



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 こちらは小学6年生のYくんの作品です。うーん、君は将来、藤原行成みたいな文人に成れるかもよ。


 普段のお習字的基礎トレーニングの成果が、本格的なものに移行しても、そのまま出るというのが証明できた様で、全く指導者冥利に尽きます。やはり、何をしてもそうだけど(勿論音楽も!)、地道な作業の反復修練こそが、凄いものを創る為の最も大切な要因ですね。その事を実感した一日でした。


 今日は逆に私が教わりました。






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2008年06月23日

草書体

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 今日は皆さん草書体の勉強です。しかしこう矢継ぎ早にどんどん進めていますが、大丈夫なのでしょうか? 通常は教室だと何年もかけるところを、一応課程通りに進めねば成らないので、仕方が無いのですが‥。少なくとも社会人としての知識の一旦にも成れば講師としては幸いです。 
  

 さて草書体…。30年前なら草書体も実用の範疇だったのですが、それは今の日本では望むべくもありません。。


 少し前、東京で会社経営をしていた叔父が、父に宛てた手紙をたまたま発見したのですが、37年前のその手紙には流麗な草書体で、宛名が書いてありました。下手すると書家の父よりも、遥かに巧いそのペン字に、戦後の日本が失ってしまった精神性を私は垣間見ました。


 その叔父‥父の兄弟の長兄なのですが、今は私の実家にある明治時代製の大きな仏壇の前で、末弟の私の父は、早くに父(私の祖父)を亡くした為、父親かわりだった長兄によく叱られたそうです。戦前の話しです。


 私達戦後日本が失った最大のもの。


 それは父性です。


 父性を失う、とは、それは「精神原理」を失う事です。


 私がまだ小さな頃に東京で会った記憶の中の叔父は、経営者らしく瀟洒な邸宅に住むとても粋な紳士でした。今でもよく憶えています。厳しかった叔父が亡くなった時、父は心底号泣していました。「おまえ、西村の家を頼むぜ」と亡くなる間際に父に囁いたそうです。


 私の心の内にある「ダンディズム」への憧憬は、どうもこの叔父にある様な気もします。



 しかし‥今からでも遅くはないのでは無いでしょうか? 失ったものを取り戻すのは。


 私はそう信じています。


 精神には肉体以上の価値があることを‥。









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2008年06月01日

藤原行成

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 仕事の合間に息抜きにcaffe ESCASAに行きました。このexoticというオランダのシガリロは旨い。。普段の私は煙草は吸わないのですが、創作モードに頭が突入してる時に、スモーカーに成ります。。
たぶん吸うのは年間15箱くらいかな…? 


 そう言えばblues musicianの有山さんも、煙草を吸わないと音楽のインスピレーションが来ない、という事をおっしゃってたよなぁ…。。我々は創作的な調子が良いとスモーカーに…?



 私が何か煙りをふかしてるのを見かけた方は、「あぁ、今こいつは調子が乗ってるな」と御判断ください(笑)。


 さて、今週は教室では皆さん大人から子供まで、藤原行成の「古今集関戸本」の仮名の臨書をして貰っています。


 前にもここに書きました様に、仮名の正確な書き方は、漢字の草書体を原形としています。即ち、草書の知識無しには仮名は書けない訳です。現在の学校の国語やお習字などでは、そこまで勉強してないので、こういう教室で書道の勉強をしていない多くの人は、それが漢字である事すら、よく知らないかもしれません。。



 小学校では英語が必須に成る様ですが、それは良いけど、クラッシックな日本語について、日本全体もっとよく思い出しましょう。今の我々は自分達の1000年分くらいの重厚で良質なものを忘れ過ぎです。せめて私の身の回りの範囲では、正そうと日々努力しております、はい。



 こういう事は、英語圏の人だったらラテン語を勉強する様なもので、それを知る事で言語の元の意味や成立ちの記憶を忘れない様にする、というのが最大の目的です。



 例えば、隣の韓国などは、ナショナリズムに毒された結果、本来は漢字文化圏で言語も相当範囲その影響化にあるにも関わらず、ハングルだけで読み書きする事を国是としてます。

 その結果、何が起るかというと、自分が喋ってる言葉の元の意味や背景が全然解らない‥、という自体に陥ります。ニュースを見てると、たまに彼等が妙な珍説を大声で言い出して驚きますが、これが大きな原因です。

 もしもですね、私達日本の成人諸兄が、47文字だけの平仮名や片仮名だけで、読み書きしてる状態を、ちょっと想像してみてください。どうですか、思いっ〜〜っきり阿呆に成りそうでしょ?、、幼稚園児じゃないんだから…。


 こういう事態に成ると、人間の思考回路は絶対におかしく成ります。




  我が日本は、こういう愚を絶対に犯してはいけません。




 英語を喋るのは別に全然良いのだけど、母国語を忘れて奇妙な日本語と、愚にもつかない、とってつけた浅い英語を喋るのは、国際人として恥ずかしい事です。
 
 特に子供は、深い言語能力を母国語で身につけるのであって、それを疎かにしては外国語も真に身につきません。



  〜関戸本古今集より〜


志きしまの 山とに者あらぬ 可らころ毛 ころもへ春して あふよし裳可那   
    
                         紀貫之



 現代表記  

 敷島の 大和にはあらぬ 唐衣 ころもへずして あふよしもがな     

 
 訳  

 敷島の大和には無い、唐衣… 時を経ずして、あなたと逢う事ができたら‥。

 



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2008年05月19日

楷書体


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 楷書体の結構法の講義中です。。


 漢字の構築法を結体、もしくは結構、と言いますが、均整のとれた結体には、幾つかのポイントがあります。


 このポイントさえ掴めば、誰でも綺麗な字が書けます


 それは、それほどに難しい事ではありません。。



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 楷書体というのは、現在でいう活字やフォントと同じで、機能的、合理的な、歴史上最後に成立した書体です。だから、どこまでも「線の合理性の追求」という事に成ります。


 いわゆるこれは「お習字的」な作業な訳です。


 本当に難しいのはここから先なのですが、ここまでの作業は割と簡単なのです。


 で、、これすら難しいよ‥という貴方。



 一つは、筆やペンを変な持ち方をするのを止しましょう。


 二つ目に、「頭頂連合野」という脳のポイントを鍛えて、線の配置、空間構成、などを正確に理解できる様になりましょう。その上でちょいと筆法を勉強すれば、お習字ごときはすぐに制覇できます。
 

 子供時分に書道をみっちり練習させる功徳も、頭脳のこの部分を徹底して鍛える事にあります。(これ、あまり生易しい練習では鍛えれませんよ!)

 頭脳のここが出来てる人と、出来て無い人では、その後どんな分野の事をしても、人生そのものが大きく違うと思います…。それくらいの副次的な効果が確かに有ります。

   

 で、、、書道の本当の醍醐味は、ここから先の話しなのですが‥。


 またの機会に。






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2008年04月21日

仮名

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 本日は仮名の講義をしております。
 
 仮名は全て、原形が漢字ですが、実は仮名とは平仮名、片仮名だけではありません。正確には数百種類(千種類近く)の字があります。江戸時代まではそれが普通だったのですね。

 『仮名』とは漢字の楷書体を『真の手』と呼ぶのに対して、草書体をくずした書体の名称として『仮名』と呼んでいました。
 
 すなわち平仮名の形は漢字の草書体です。ですから正しい平仮名の形を書くのには、漢字の草書体をイメージする必要があります。
 
 そういう複雑で典雅な文字世界が、日本では江戸時代くらいまで、およそ1700年くらいは続いてた訳です。


 今こうやって私達が読み書きしている文字、文章形態はたかが100年以内、もっと言うと50年以内のみじか〜い歴史に過ぎません。。


 ところで皆さま、平仮名の原形の漢字、きちんとわかりますかな? 

 日本人としては、一応これくらいは常識として憶えておきませう。


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2008年04月13日

王羲之


ここでは初の書道ネタ。

今週は王羲之の蘭亭叙の臨書をお弟子さん達はしています。
行書の、というよりも王羲之の代表作ですが、これを厳密にきちんと臨書を重ねたら、自分の字が凄く良くなる、というまるで「魔法の字」です。
ただポイントをきちんとした人に習う事が重要で、こういった古典を素人的に臨書すると、単なる不出来な癖字に成ることも世の中には多い様です。某日本習字なんかで見られる字は、その最たる例です。これは大きく公言すべきだと思っていますが、私はああいうのは文化的な「犯罪」だと思っています。。伝統文化を担ったり継承する人にも、「責任」や「倫理」は絶対に必要な筈です。後世には本当の事を正しく伝えるべきです。それらは我々の千年単位で続いてるかけがえの無いものなのだから。


さて、王羲之の凄さは、一つ一つの文字深く含む『哲学』を即興できちんと書けているところでなのですが、臨書本は数多くあれど、この辺をきちんとした解説書には、私はまだお目にかかった事がありません。なぜ歴代の皇帝達があれを愛し続けてきたのか…、その素晴らしさが一体何処にあるのか…。この辺りをきちんと伝えないときっと一般の間で先の悪い例が蔓延る事になるのでしょう。

書道というのは音楽で例えるならば、Jazzと同じくらいに一般的理解が浸透しずらい分野かも知れませんが、Jazzと違ってこちらはこの国の数千年以上の伝統を含んでいる分野なのですから、そういう事を簡単になおざりすると人間が狂ってくるのでは無いかな?
昨今の変なニュースを見るたびにその感を強く持ちます。


書道にせよ、音楽にせよ、結局のところ人間性、それも魂的、霊的な人間性が、最後にはもっとも大切なものだと私は信じます。

posted by サロドラ at 16:07| 書道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする