音楽ネタが続いていますので久々に
書道ネタです。
課題の週で今年はしつこく古今集を攻めていますが、今月は
子供から大人まで、凡河内躬恒の和歌の全文の臨書をしています。(しかし
小学生がこんな難しい練習してるのは、
全国でも、我が会くらいじゃないか???)


「遅利乎多爾 須恵しと曽おもふ 散起しよ利 いも登わ可ぬ累 東こ那つの花」
‥と書いてあります。
読みを現代的に表記すると
「塵をだに、すゑじとぞ思う 咲きしより 妹我がぬる 常夏の花」
現代文に直訳すると、
「塵をさえつけない様に 育てています 咲いてから 妹と私が寝る 常夏の花(撫子の花)
現代風に翻訳すると、
「撫子の花が咲いてから、塵ひとつつけないくらいに、可愛がっています。まるで君と僕が寝るべッドの様に…。」
(注釈 妹=身体を許した
恋人 とこなつの花=撫子の花)
エロい …………………。なんだかまるで加藤和彦の「僕のそばにおいでよ」みたいじゃないか?
要するに、これは
ラブレターな訳です。ここまで読解すると、平安貴族の雅びと粋の世界がちょっと解ってきますね。
現代ではメールとか手紙(もう書かないか?)で、「ねえ、君、好きだよ。」とか「今夜どう?」とか、もう動物並み猿並みに、直接的表現を現代人の我々は日常してる訳ですが、平安貴族の女性の誘い方はこんな風だった訳です。
こんな和歌を筆でさらさら〜っとしたためて、従者に渡して相手の女性の届ける。読んだ貴族女性はこれを読解して相手の気持ちを察する知性を要求される訳です。‥しかしなんて優雅でお洒落なのでしょう!?
特に夏の季語「とこなつの花」に、「大和撫子の様な美しい君」という意味、更に「とこなつ」の「とこ」を「床」=
ベッドの意味を掛けた上で、情熱的に夏に咲く花に喩えた、我が心の恋の情熱、即ち「僕は君を抱きたい」という気持ちを、暗喩的に表現してる所が絶妙です。ダブルミーニングを超えてトリプルミーニングな訳です。
常夏の花、という決め言葉たった一言が、ここまでの奥行きを持っているのが驚きです。(因に三島は学習院時代、こういった古今集の奥深い世界を恩師から教えられ、その後あの
文学世界を生み出すのですが、三島文学の決定的核心は、やはり古今集でしょう。)
これは私が音楽
レッスンで、歌詞のライティングについて、いつも教えてる事ですが、この暗喩=メタファーを如何に巧く使えるかが、良い詩を書く
ポイントです。名曲は、必ずこれがもの凄くうまい。タイトルの言葉一つで、世界がぱぁ〜と広がって出来てしまうのが良い詩です。
日本の平安貴族ってこの時代に、もうこんな凄い事してた訳ですから……、しかも全く実用的に!

で、これを読んでる現代日本の粋でダンディーな男性諸君。
この和歌を一つ、練習してさらさら〜っと書いて意中の人にどうぞ渡して見てください。「何よこれ? わかんな〜い」などとほざく馬鹿女だったら、即効止しましょう。あなたは一生苦労します。

しかしもしも、「まぁ〜!」などと言って即座に気持ちを理解する女の人が居たら、これはもう国宝級に凄い女ですから、どうぞ一生大事にしてくださいまし。 by さろどら

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